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三谷幸喜・脚本。傑作大河「鎌倉殿の13人」を語る。PART 2。史実と虚構の狭間で。

大河ドラマ「鎌倉殿の13人」オリジナル・サウンドトラック The Best

こんばんは。デラシネ(@deracine9)です。

 

本日は、「鎌倉殿の13人」を語る、PART2。

史実と虚構、と言うと難しくなりますが、要は歴史上の事実と言われているものを、いかにして、三谷幸喜が物語に仕立てていったのか、というお話です。

ドラマ制作のスタッフ・時代考証という役割。

大河ドラマほどの本格的歴史ドラマになれば、歴史考証を任された方が、制作の一翼を担います。

選ばれるのは、その時代に最も詳しい、専門知識を持った歴史学者の方々です。

テロップにも出てきますね。

 

学者先生は、三谷幸喜が作り上げた台本を読んで、歴史の専門家の立場から、史実との合理性を踏まえてアドバイスを送ります。

現在分かっている最先端の研究成果から、歴史上の事実と考えられるものと、ドラマの中身が離れ過ぎないよう気を配ります。

 

また、ドラマを面白くする上で、どんな歴史的事実が想定できうるのか、相談に乗りもするでしょう。

 

そうやって、脚本家は稿を改め、仕上げていきます。

しかし、あくまでもドラマなのですから、歴史研究とは異なります。

作者の立場から言えば、最新の歴史研究の実情に触れて、ドラマにうまく取り入れることで、より良いホンを目指すのです。

(8)「いざ、鎌倉」

(8)「いざ、鎌倉」

ところで、2020年の制作発表会見のとき、三谷幸喜はこんなことを言っていました。

俳優陣に、「スネにキズを持ってる人は断って」と。

 

2020年の大河ドラマ「麒麟がくる」では、斎藤道三の娘役だったはずの、沢尻エリカが逮捕で降板というニュースが、まだホットであった頃です。

 

「鎌倉殿」では、ほぼ、キャストがスキャンダルで降板ということは起きなかったので、めでたしめでたし、と思いきや。

唯一(?)、その手のことで、降板された方がいらっしゃいました。

 

それが、時代考証の先生だったのです。

これは、揚げ足取ってるわけじゃありません。

 

当初の時代考証だった呉座勇一先生が、自著でその事実を書いていらっしゃいましたので、間違いありません。

この本に書いてあります。

理由は、Twitterによる不適切発言だったらしいです。

(ともかくも、私の印象では、この本を読んでいる最中に、「鎌倉殿」のストーリーに近いなぁ、と感じる箇所が多々ありました。)

 

そして、ピンチヒッターが、坂井孝一先生となりました。

それが、撮影開始の3ヶ月前のことです。

 

いわゆる制作ブレーンの交代となったわけですが、私はドラマにとって、良い点が多々あったのではないかと思っています。

 

交代劇の最中では、多少、ドタバタしたでしょうが、怪我の功名で、結果は吉と出た。

そんな気がするのです。

 

三谷幸喜が、2人の歴史家の意見を聞けたことで、ストーリーの選択肢や、妄想が膨らんだのではないか、と思えるからです。

 

「鎌倉殿」を題材に決めるときから、三谷幸喜はこの時代の歴史書をたくさん読み漁ったことでしょう。

ですが、お二人の専門家の意見をじかに聞けた効果は、よりドラマの幅を拡げたようにも思えるのです。

史料に乏しい鎌倉時代。

通常、歴史家は、貴族など上流階級が残した日記などの古文書や、古い歴史物語などを手掛かりに、そこに表された事実が本当なのかを、いろいろな方法で洗い出していきます。

 

鎌倉時代の重要な史料のひとつに「吾妻鏡」という古文書があります。

これは、13世紀の終わり頃、北条義時の子孫が、北条氏の支配する権力基盤を正当化するために書かせた鎌倉時代の歴史、という側面を強く持っています。

 

そのため、北条氏にとって都合の悪いことは省いたり、歪曲したり、誇張したりと、そのまま鵜呑みにはできない歴史書と言われています。

 

これは、「古事記」や「日本書紀」なども同じ。

権力闘争に勝ち残った勝者、すなわち大和朝廷が、自分たちの権力を正当化するために編纂する歴史だから、自分たちに都合の良いことばかりを書き残すわけです。

 

(だから、歴史というものは、書いた人間の視点によって、どうにでも変わる、ということは必ず知っておきましょう。)

 

(11)「許されざる嘘(うそ)」

(11)「許されざる嘘(うそ)」

さらに具合の悪いことに…。

1333年の幕府滅亡の際に、鎌倉の町は徹底的に焼き尽くされたらしいのです。

同時に、鎌倉時代を知るための文書類も、もろとも焼亡してしまい、本当に歴史を知る手掛かりが、あまり残っていない。

 

そのため、歪曲や捏造、改変が多いとされる「吾妻鏡」でも、この書物がなかったら、この時代の出来事が、ほとんどわからなくなってしまうくらい、大事な史料とされているのです。

 

ですから、歴史家は「吾妻鏡」の書かれた内容を慎重に吟味し、書かれた意図をくみとって、歴史の事実を推理していくのです。

他に参考になる史料としては、九条兼実の「玉葉」、藤原定家の「明月記」などの貴族の日記類です。

 

なんでそんなに書かれたものがないの⁉️、と思われるかもしれません。

しかし、それは皆さんが、現代の情報化社会に生きているからです。

 

そもそも、鎌倉時代の有力な御家人達でさえ、読み書きができる人は貴重で、そんなにいなかったのです。

家の子(親戚)、郎党(家来)、その下で年貢を納める農民などは、ほぼ文盲という時代です。

だから、日記を書いている貴族や僧侶の中でも、当時のトップシークレットと言える朝廷や鎌倉幕府の動向を知り得る人は、ほんの一部の実力者に限られていたわけです。

 

ドラマを観られた方は、上総介広常を演じた佐藤浩市が、京の都へ出向いたときに、恥をかかないようにと、墨で字の稽古をしているシーンを覚えていらっしゃるでしょうか?

 

広常が読み書きができたか否か、本当のところははわかりません。

しかし、坂東においては、所領を守るため武芸に優れていることが一番大事で、文書の作成や保管といった事務官僚の仕事、和歌に通じるような教養は、必要ないものとされていた。

少なくとも、鎌倉に武士の都ができるまでは、それが一般的だったと言えるでしょう。

三谷幸喜の言葉 ~「鎌倉殿の13人」の作り方~

三谷幸喜の言葉 ~「鎌倉殿の13人」の作り方~

物語の作り手に、歴史の空白はありがたい。

考えてみれば、今から数百年以上前の出来事が、都合よく正確に把握できる文献など、残っているわけはありません。

史実とされる出来事の狭間には、語られない事実が山のように埋まっているのです。

 

その空白を推理していくのが、歴史家のひとつの存在意義であり、大事な仕事だと言えるかもしれません。

しかし、歴史家の役割は、史実のあいだを空想することではない、と主張する学者先生もいらっしゃるようです。

 

逆に、歴史小説家と言われる人は、歴史の空白がなければ、持ち前の創造力を生かして、新しい物語を作ることができません。

歴史ドラマを書く脚本家も、もちろんそうです。

 

この歴史的空白を、三谷幸喜がどのように利用したか?

これを「鎌倉殿」の登場人物を例に、お話ししたいと思います。

史伝 北条義時 ~武家政権を確立した権力者の実像~

史伝 北条義時 ~武家政権を確立した権力者の実像~

小栗旬演じた北条義時。

政子と頼朝が結ばれる以前の北条氏は、歴史のベールに覆われています。

おそらくは、伊豆の地方豪族だろうという程度しかわかっていません。

 

ましてや、北条時政の次男、若年の義時は、歴史上に一切姿を見せない人物。

そののち、幕府で大きな権力を握るようになっても、「吾妻鏡」によって知られる義時は、派手に立ち回る様子が見られない。

影の権力者として、目立つ行動を取りません。

 

そこに、義時の人物像を描くについての幅が生まれます。

 

ドラマに登場したばかりの義時は、何事も穏便に運ぼうとし、周囲の変化に振り回される、野心のカケラもないような若者として描かれます。

 

平家を滅ぼして、武士の頂点に立とうなどと思ってもいなかった、朴訥な地方豪族の次男坊。

こういう振り回されキャラは、三谷幸喜が好む人物設定です。

 

「ラヂオの時間」で、声優達のわがままに振り回される素人の台本作家(鈴木京香)。

「笑いの大学」で、検閲官・向坂の無理難題に応えて上演許可を取ろうとする喜劇作家・椿一(つばきはじめ)。(現在、北条時房が演技中。)

そういう艱難辛苦を味わい、成長するキャラクターが好きなのです。

 

その後の義時は、源頼朝の下で働くうち、いつのまにか第二の頼朝となっていきます。

そこを見せるには、義時のよくわからない経歴が見事にハマるのです。

 

歴史では空白の若年の義時、「吾妻鏡」でも表立って派手な事をしない義時は、「鎌倉殿」にうってつけの主役だったのです。

ラヂオの時間

(40)「罠と罠」

(40)「罠と罠」

新垣結衣演じた八重姫。

流人であった源頼朝は、政子と出会う前、伊東祐親の娘との間に子までもうけていた。

それがもとで、伊東祐親は激怒し、子の千鶴丸を殺してしまった。

 

これは、「平家物語」「曽我物語」などで知られるエピソードです。

ドラマでは、その後、頼朝の挙兵が成功して鎌倉殿となったあと、八重は義時に嫁ぎ、長男の北条泰時を産むことになっています。

 

この展開を見たとき、私は正直、作り過ぎと思いました。

ところが、時代考証の坂井孝一先生は、著書の中で、八重と義時の結婚を、ありうる仮説として提言されている。

これには驚きました。

 

その根拠となる説明を読んでみると、さもありなんと思わせるところもあります。

ですが、歴史の先生にしては大胆な仮説です。

 

仮説の是非はともかく、この八重姫のストーリーが、三谷幸喜の完全な創作ではなかった。

八重姫の場合、坂井先生が歴史の空白を埋めて、新しいドラマを作ってくれたという珍しい展開となりました。

 

ドラマ的には、序盤に新垣結衣という人気女優に義時の跡を継ぐ執権・北条泰時の母という役どころを与えることができたのです。

 

それにつけても思うのは…。

時代考証が、坂井先生でなかったら、こういう展開になっていたでしょうか?

(13)「幼なじみの絆」

(13)「幼なじみの絆」

板東彌十郎演じる北条時政。

この人物も、頼朝と政子の縁組までは、まったく無名の人物でした。

最近では、京都に人脈を持つ、有能な人物であったという説も出されています。

 

自分よりはるかに高貴な家柄の、牧の方を妻に迎えたり、頼朝が時政を代理として京に派遣した際には、守護と地頭の設置を御白河法皇に認めさせるなど、なかなかの手腕を発揮している。

 

しかし、「吾妻鏡」に出てくる時政は、溺愛する若い後妻・牧の方の権勢欲に振り回されて、子の義時や政子にも敵対するハメになり、結局は伊豆の故郷へ追放されることに。

 

時代考証の坂井先生は、これを「吾妻鏡」の歪曲と見ています。

源実朝監禁事件を起こした時政をかばうために、りく(宮沢りえ)=  牧の方を謀略の主役とした。

つまり「吾妻鏡」は、北条氏の行いを悪くは書きたくないので、りくを悪者にしたのです。

 

では、ドラマでの時政像は、どうだったか?

板東彌十郎演じる時政は、まさに「吾妻鏡」のキャラクター。

 

三谷幸喜は、ドラマをより面白くする「吾妻鏡」の時政を採ったのです。

理由はいろいろと考えられますが、「吾妻鏡」の時政を採ることで、「鎌倉殿」がホームドラマになるからです。

(これについては、前回のPart1で書きました。)

 

坂東の田舎豪族っぽく、緻密な思考力に欠け、何事にも大ざっぱ。

家長の貫禄は一応あるものの、妻の尻に敷かれて、成功すると調子に乗りすぎる。

 

そして、このキャラクターには、板東彌十郎、見事にハマり役でした。

(2)「佐殿の腹」

(2)「佐殿の腹」

 

柿澤勇人演じる源実朝。

かつて、考えられていた実朝の性格や人物像は、政治を厭い、和歌などの都の文化に傾倒し、唐船を建造させ、中国へ渡ることを夢想したような人物でした。

 

太宰治も、このような人物に、自分を仮託して「右大臣実朝」を書いています。

しかし、最新の研究では、政治に対する意識も高く、為政者としても優れた人物であったようです。

 

自撰和歌集である「金槐和歌集」を残した文化人であったことは間違いありませんが、都の文化・教養は、当時としては、政治家として朝廷と渡り合うための必須アイテムでした。

 

政治をおろそかにしたという人物像は、北条得宗家(北条氏の家督を継いだ家系)の権力の正当性を主張しようとする「吾妻鏡」の編纂意図からすれば、当然の曲筆、潤色だったという訳です。

では、三谷幸喜が描いた源実朝は、どうだったでしょう。

柿澤勇人の源実朝は、繊細かつ純粋、誠実な人柄で、政治についても存在感を発揮しようと努力します。

しかし、この方が、陰謀渦巻く鎌倉で生き抜くのは大変だなあ、と思わせるところが随所にあります。

 

夢告を信じ、唐船を建造しますが、進水には失敗。

占い師の婆(大竹しのぶ)の元へ通い、誣告に頼ろうとする。

 

いささか、心もとない、か弱い人物。

和田義盛の乱のあとは、後鳥羽上皇だけが信じられる方と義時に口走ります。

 

脚本は、研究の成果と物語としての「吾妻鏡」のいいとこ取りをし、イメージとしての源実朝を損なわず、史実もうまく取り入れています。

(34)「理想の結婚」

(34)「理想の結婚」

鎌倉幕府、最大の危機をもたらす実朝暗殺。

源実朝暗殺は、現在に至っても謎と言える、鎌倉幕府史上の大事件です。

謎の部分というところで、三谷幸喜の独自解釈が人物を躍動させます。

 

いったい、暗殺の首謀者は誰なのか?

これは諸説あります。

まず、北条義時黒幕説。

次に、三浦義村黒幕説。

そして、公暁の単独犯説。

 

昔から有力だったのは、北条義時黒幕説。

これは、実朝の暗殺事件の当日、現場の鶴岡八幡宮の右大臣拝賀の行列の中にいた義時が、途中で体調の不具合を理由に、現場から抜け出している事から有力視されたもの。

実朝の存在が、義時の執政の邪魔になったという理由です。

 

永井路子の小説から火がついた、三浦義村黒幕説。

これは、歴史小説家の永井路子が「炎環」という直木賞受賞作品で採用した説。

小説にも関わらず、歴史家の間でも、有力とされた事がある説です。

理由は、公暁の乳母夫・三浦義村が義時同様拝賀の儀に参列しておらず、三浦氏が権力の座を北条氏から奪い取ろうとしたという事。

 

坂井先生推し、公暁単独犯説。

最後に、公暁単独犯説は、時代考証の坂井先生が推している説です。

その理由を挙げると、この頃、実朝の後継者問題で、後鳥羽上皇の皇子を将軍に迎えるプロジェクトが進んでおり、それを進めていた途中の義時が、大事な権威の象徴である将軍を抹殺するはずがないという事です。

また、三浦義村も、義時側に付いて三浦氏を守って来たいきさつがあるため、このときも義時の命で動いていただろうと言われています。

炎環

炎環

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(44)「審判の日」

(44)「審判の日」

そして、三谷幸喜がどのように、事件を描いたかと言えば、皆さん、ご承知のとおり。

 

京から戻った源頼家の子・公暁に、乳母夫の三浦義村(山本耕史)は、将軍になれるよう尽くすと言い、いつもどおり策謀をめぐらします。

 

すなわち、公暁には、その父・源頼家暗殺に走ったのが北条義時であることを暴露し、その気にさせるのです。

本来ならば、公暁は二代将軍・源頼家の子として、三代将軍、つまり実朝の立場であってもおかしく無い血筋だった。

しかし、比企一族と頼家を抹殺した北条義時、その北条に担がれ三代将軍となった実朝は、憎しみの対象でしかなくなった。

 

このときの三浦義村の行動パターンは、裏切りを繰り返してきた義村のこと、まったく不自然な行動ではない。

勝ち馬に乗る策謀家として一貫しています。

あわよくば、北条義時に取って代わるが、危うくなれば、逆の行動を取る。

 

鶴岡八幡宮の大銀杏。公暁の隠れ銀杏とも言われる。

次に義時の子・泰時は、公暁の一連の行動を不審に思い、犯行を事前に察知します。

泰時からそれを聞いた義時は、一度は右大臣拝賀の儀の取り止めを実朝に進言します。

しかし、後鳥羽上皇の側近・源仲章の反対に合い、中止とはならなかった。

 

そのとき、義時は、実朝からいずれは幕府を京へ移すつもりだと聞かされ、衝撃を受ける。

義時には、鎌倉こそが坂東武者及び北条氏がよって立つべき根城であるのです。

 

石橋山の合戦で討ち死にした兄・宗時の言葉が、義時の心には生きています。

そのときから、もう義時には実朝を守るべき理由がなくなってしまいます。

 

一方、実朝は甥で養子である公暁が自分を憎み、暗殺を目論むとは信じられない。

 

その理由を考えるうち、実朝も公暁同様に、兄・頼家の暗殺の事実を三善康信から聞き、知ってしまいます。

そこで、実朝は直接公暁とふたりで話をしようとします。

 

話し合いののち、ふたりで北条を倒して源氏の鎌倉を取り戻そう、と実朝は公暁に話して去るのですが、公暁は、実朝には騙されぬ、と信じていませんでした。

(45)「八幡宮の階段」

(45)「八幡宮の階段」

公暁は、計画どおり鶴岡八幡宮で、実朝と義時殺害を実行します。

 

だが、義時は行列にいない。

身代わりとなって殺されるのは、義時と敵対関係にあった源仲章(生田斗真)です。

義時は、仲章から参列を代わるように要求され、退いていました。

トウによる仲章暗殺に失敗して、仲章に負い目があったことが幸いしたのです。

 

惨劇の直前、義時は三浦義村の館に現れます。

いつもの三浦義村の行動パターンを、見抜いているのです。

ここで、義時暗殺が成らないと知った三浦義村は、いつもの手のひら返しで公暁を討ち取るのです。

 

さて、如何でしょう。

三谷幸喜説は、3つのどれでもあり、どれでもない。

人間の行動の可能性、人は何によって動くか、ということを知り抜いた、見事な創作になっていると思いませんか?

これが、人間観察に裏打ちされた、作劇術なのです。

 

三代将軍・源実朝は、まさかのうちに暗殺されました。

朝廷と幕府の間の友好関係を取り持っていた、実朝の死により、鎌倉は創業以来、最大の危機、承久の乱を経験することになります。

(46)「将軍になった女」

(46)「将軍になった女」

終わりに。

長々と「鎌倉殿の13人」について、歴史家の研究成果としての史実と、その狭間の空白を、三谷幸喜がいかに脚本に仕立てていったかを、私の主観でお話してきました。

 

この記事で、少しでも多くの方が、歴史やそれに基づく作品について、関心をを深めて頂ければ幸いです。

 

本記事に、誤謬や誤記がございましたら、どんどんご指摘ください。

敬称は略しています。悪しからず。

 

三谷幸喜さん、身勝手な憶測の類、ご了承くださいませ。

大河ドラマ「鎌倉殿の13人」オリジナル・サウンドトラック Vol. 2