こんばんは。デラシネ(@deracine9)のブログへようこそ。
明日から2学期だね、と聞いて、落ち込んでいる君へ捧げる歌の特集。
1曲目。
Strange People ECHOES
この歌を聴いたか?
君は、変わり者と呼ばれているか?
自分だけ違うと思っていないか?
そんなこと、まったく気にする必要はない。
学校のヤツらが大嫌いで、上等さ。
この先、長い道程(みちのり)を歩き続けるのは君自身であり、通りすがりの他人のほざく悪口なんかに、聞き耳を持つのは馬鹿げたことだ。
学校というものは、公共の教育機関がまったく整っていない、アフリカやアジア、飢えた子ども達のいる場所にこそ必要だ。
この日本では、もはや学歴エリートを目指す官僚主義者や、上流階級の子弟養成機関でしかなくなっている。
学びたい何かが無く、仲良くしたい友達もいない学校など、何の価値があるか。
日本の学校は、カリキュラムを最低レベルまで学習させる能力さえ失ってきたのだ。
勉強と学問がまったくの別物であることは、以前このブログで書いた。
是非、一読を請う。
知識を詰め込むことを勉め強いる勉強には、まったく意味が無い。
学ぶ喜びを削ぎ、知的好奇心を枯らす弊害こそあれど、学問への情熱とは無縁なものだ。
今の学校に意味があるとすれば、無味乾燥な繰り返しの日常に、耐え得る奴隷根性を叩き込まれるのに役立つくらいだ。
今の日本では、学ぶ意志さえあれば、学ぶ場所、時間を問わず、いくらでも自分で選択できる。
ほとんど独学で、その分野における泰斗として名を残した作家の松本清張や、作曲家の武満徹のような人物もいる。
自分の可能性を、信じて見ることだ。
事の成否は、問題ではない。
自身の仕事の痕跡とその達成感は、必ずのちのち自信となる。
もし、学校へ行くことを迷っている自分がいたら、こんな先生や大好きな友達がいるかどうか、自分に聞いてみるといい。
僕の好きな先生 RC サクセション
おれにもいたな、こんな先生が。
歴史が好きで、いろんな話をムダにしてくれる、面白い先公だったよ。
今どき、こんな先生はいないだろうな。
いたらすぐ、クビになってるよ。
らせん階段 甲斐バンド
長いぞ、これから人生は。
迷うし、悩む。
だが振り返れば、学校なんかどうだってよかった事に気づく。
忍耐と隷属をマスターするために、学校へ行くのもいいだろうよ。
誰の反対も受けないしな。
一番穏やかで、親孝行とか言われるしな。
それでも、考えてみるんだ。
このさき、どう生きていくかを決めるのは、自分だけになる。
そのとき、後悔しない生きざまを選ぶことができるか?
よく考えろ。
望みを捨てろ 吉田拓郎
これだけは、言っておく。
妻と子だけは守りたい、なんて大人にはなるな❗️
これが、おれからのメッセージだ。
それじゃ、達者でな。
また、会おう。おやすみ。