こんばんは。デラシネ(@deracine9)です。
本日は、ビリー・ワイルダー監督の「The Apartment (邦題・アパートの鍵貸します)」をご紹介します。
今、なんとなく生活がつまらないと思っているあなた、観ていないのなら、是非ご覧ください。
どこがそんなにおすすめかというのを、これからお話ししていきます。
The Apartment (邦題・アパートの鍵貸します)予告編
ビリー・ワイルダーを知らない方へ。その名匠たる所以。
みなさん、あのマリリン・モンローのスカート吹き上がりシーンはご存知でしょう。
「七年目の浮気」。
ビリー・ワイルダーは、それを撮った監督です。
ワイルダーは、ドイツ系ユダヤ人の映画監督で、元は脚本家から映画監督になった人。
その傑作群は、この1作に止まるものではありません。
しかも、コメディだけでなく、サスペンス、アクション、法廷劇などなど、広いジャンルにわたって傑作を残した、映画監督としては稀有な存在です。
これは、あの三谷幸喜が、ワイルダーの映画を激賞し、手本と見なしていることからも、おわかりかと思います。
三谷幸喜の映画の教科書 ビリー・ワイルダー傑作選。
これは三谷幸喜が、映画の教科書とするインタビュー本。
彼は、晩年のワイルダーに直接会いに行く企画にも大ノリで、実行に移したほどのワイルダー好きです。
亡くなった井上ひさしも、ビリー・ワイルダーの影響を多大に受けていました。
喜劇作家であれば、必ずその洗礼を受ける監督なんですね。
ストーリーのさわりを少しだけ紹介。
ジャック・レモン演じるバクスターは、ニューヨークの大手保険会社に勤める社員。
彼は、自らの出世のために、ある内職をしています。
それは、特定の上司の浮気のために、アパートの部屋を貸しているのです。
上司に恩を売って、人事査定に手を加えてもらおうという魂胆です。
また彼は、シャーリー・マクレーン演じる、エレベーターガールのフランに恋をしています。
出世して、フランを我が物にするのが彼の願いです。
バクスターは、ワガママな上司のおかげで散々。
アパートを出る時間を守らないため、外で寒風に晒され風邪を引いたり、部屋の予約時間の変更のために仕事そっちのけでアポイントを取り直したり…。
しかし、上司へのゴマスリの甲斐あって、彼は管理職へと昇進。
そこで、人事権を握る部長にまで部屋を貸すことになるのですが、それゆえに、意外な事実を知ってしまうのです…。
女優・シャーリー・マクレーンの魅力。キャスティングの妙。
ワイルダーは、三谷幸喜も言っているように、女優の魅力を最大限に引き出すことのできる監督でした。
シャーリー・マクレーンのコケティッシュな美しさは、特筆すべきものがあります。
また、キャスティングも見事です。
バクスター役のジャック・レモンは、ワイルダーコメディに欠かせない俳優。
本作や「お熱いのがお好き」を始め、多くのワイルダー作品に出演しています。
バクスターの4人の上司のコミカルな演技は、序盤の陰鬱な展開を、一瞬にしてコメディタッチに引き戻す力があります。
また、アパートの隣室に住む医者とその奥さん。
このお二人の勘違いも笑えます。
医者は、絶妙のタイミングで、バクスターの部屋から聞こえる男女の乱痴気騒ぎを耳にし、彼が大量のアルコールの空瓶を抱えドアを出てくるところに遭遇し、次々に新しい女性が隣室を訪れる場面に出くわすのです。
この間が、まさしく喜劇の手法ですね。
バクスターを、夜な夜な女性を連れ込むプレイボーイと勘違いして、人間になれ、と真剣なアドバイスを送るのも、また一興。
それが彼の大きな決断を、のちのちアシストすることになるのですね。
シャーリー・マクレーン。
名作を生む、ビリー・ワイルダーの脚本術。
①「場所の力」を最大限に活かす。
この映画に登場する主要な人物は3人。
これは言わずもがな。バクスターとフラン、シェルドレイク部長。
映画の舞台となる主な場所は3つ。
アパートの一室。会社。中華料理店。
ほぼ、これだけの設定で、序盤からクライマックス、ラストシーンまでを見せる。
この職人技がすごいですね。
特に象徴的な場所は、会社内部で言えば、フランの職場であるエレベーターの中。
バクスターと二人きりの箱の中でフランが言うセリフは、場所の力学を証左しています。
大抵の男の人は、二人きりになると、態度が変わるわ。
でも、あなたは変わらない。
「場所の力」を最重要視する監督、と書いていたのは、井上ひさしです。
曰く、
「失われた週末」のアパートの一室、
「サンセット大通り」の大スターの邸宅、
「麗しのサブリナ」の金持ちの大邸宅、
「お熱いのがお好き」の列車の中、
「第十七捕虜収容所」の収容所、
「昼下がりの情事」のホテル、
「情婦」の法廷、
「七年目の浮気」のアパートの上下階、
「恋人よ、帰れ我が胸に」の病院の個室、
「翼よ、あれが巴里の灯だ」の狭い操縦室、
「フロントページ」の新聞社の記者室、等等等…。
どれを観ても「場所」を最大限に活かしているのは、作品が演劇的であるからかも。
原作が舞台という作品が多いのも、そのためです。
だからこそ、演劇人がこぞって学ぶのでしょう。
現代の日本において、この作劇法を完璧に我がものとしたのが、喜劇作家、三谷幸喜です。
氏の手掛ける作品は、舞台は勿論、映画やドラマでも、この「場所」が主演女優並みの働きをしています。
ドラマ「王様のレストラン」のレストラン、映画「ラヂオの時間」の収録スタジオ、「笑いの大学」の検閲室と、こちらもキリがない。
舞台作品は、ほとんどが、ワンセットで展開されると言っていいほどです。
②小道具の使い方のうまさ。
こちらも至芸、匠の技。
数々の小道具が伏線となり、ストーリーを転がして、人間の感情を揺さ振り、新たな行動を起こすキッカケを作ります。
まず、邦画タイトルにもなっているアパートの鍵。
このやり取りがバクスターの日常となって、災難の元にも出世の鍵にもなります。
鍵は、もうひとつ出てきます。
重役専用トイレの鍵。
トイレの鍵とアパートの鍵を、上役は間違えますが、バクスターは間違えない。
後者は、後半のかなり重要なシーンです。
これから観る方は、楽しみにしていてください。
フランの割れた手鏡。
アパートに落ちていた、割れた手鏡。
バクスターは、それをシェルドレイク部長に返します。
これを二度目に見た瞬間、バクスターは、彼にとって衝撃的事実を知るのです。
カクテルに入ったオリーブの実。
バクスターは、酒場でカクテルを注文するたびに、オリーブを円形に並べていきます。
それが、6本、7本と増えていき、時計状の円形を作ります。
カットは、円形が完成する最後の1本のところから入るので、観ている我々は、バクスターがどれぐらいの間、酒を飲んでいるか、何杯目を飲んでいるか、どんな心境でオリーブを並べているかが分かります。
トランプ。
バクスターとフランがトランプゲームをやるシーン。
これも手鏡同様、二度出てきます。
最初と最後では、まったく違うシチュエーションになっているから面白い。
最初はバクスターの方が、積極的にトランプゲームを勧めます。
ところが、2回目はフランが唐突にカードを持ち出します。
こういう巧みさは、お見事というほかありません。
ちなみに、ネットで調べたら、ジンラミー(GIN RAMMY )という有名な2人用カードゲームだとか。
世界的に知られたゲームらしいので、一度彼女彼氏とやってみては、と思います。
このゲームは、ビリー・ワイルダーの映画に出てくると言えば、一層、二人の絆は深まると思いますよ。
部長秘書の電話機。
電話ほど、時代と共に進化して、人間ドラマの起点であり続ける小道具はないでしょう。
60年代のアメリカは、ソ連との冷戦状態でありながらも繁栄を極め、文明の先端を行っていました。
部長秘書の電話機には、部長の通話内容を盗み聞きできる機能が備わっていました。
家族との会話も、社内トラブルの情報も、秘書であれば、丸ごと筒抜けであったわけです。
主役3人のいきさつに、もっとも訳知りであった秘書・オルセン。
彼女がシェルドレイク部長の過去をフランに明かした事が、物語を大きく動かす要因となりました。
ガスの臭いと銃声のような音。
アパートの部屋から漏れるガスの臭い。
バクスターは、中にいるフランがガス自殺を図ったのではないかと心配します。
アパートから聞こえる銃声のような響き。
フランは、バクスターがピストル自殺を図ったのではないかと慌てふためきます。
これも、トランプと同様、最初と最後の二人の勘違いが、見事に対極をなしています。
他にもたくさん。
テニスのラケット、ケーキ、レコード、睡眠薬、クリスマスカード、シャンパン、100ドル紙幣、帽子、手袋などなど。
この映画で一番有名なのは、テニスのラケットで、パスタの水切りをするシーンでしょう。
ですが、私は他の小道具の使い方に比べれば、さほどのアイデアではないと思っています。
二人で過ごしたアパートでの時間を思い出し、ラケットについたパスタを眺めるなんてのは、ごくありふれている。
ワイルダーにしては、下手過ぎる部類。
③セリフの魅力。
セリフの魅力という点では、山田太一さんがずば抜けていると思うのですが、ワイルダーのセリフ、会話のやり取りは、これも別の意味で、見事に洗練されたウィットとセンスに富んでいます。
「社内で噂になったら大変」
フランはこのセリフを二度言いますが、これも小道具と同じく最初と最後で対になっています。
「そんなもの、世の中なんて」
これも最初はバクスターがフランに言い、最後はフランが言います。
アパートでのシェルドレイク部長とフランの会話。
クリスマスイブに、家族へのプレゼントの箱を抱え、帰宅しようとするシェルドレイク部長と、それを見送るフラン。
部長の心にもない愛のセリフと、それを見透かしたフランの当てつけに満ちたセリフの交錯は、二人の心の様相を余すところなく表現して、非の打ち所のない素晴らしさです。
短く洗練された会話が、テーブルテニスのラリーのよう。
すべてのセリフが、そのシーンの状況に応じて巧みに練り上げられている。
まさに、映画の教科書とも言われる、真の名作たる所以です。
勿論、たくさんの名セリフも。
フランのセリフ。
妻子ある人との恋に、マスカラは禁物なのに。
バクスターのセリフ。
孤島暮らしのロビンソン・クルーソーが、ある日見つけた足跡が君さ。
本日はビリー・ワイルダーの「アパートの鍵貸します」をご紹介しました。
こののち、ワイルダーは再びジャック・レモンとシャーリー・マクレーンのコンビで、「あなただけ今晩は」を撮るのですが、それはまた、別の話。
今週、私は福岡キャナルシティ劇場で上演される、三谷幸喜・作「ショー・マスト・ゴー・オン」に行ってきます。
それでは、おやすみなさい。