MIDNIGHT HERO

Deracine's blog. Music, movies, reading and daily shit.

ブログで短編小説を。危険な道連れ。甲斐バンド。

こんばんは。デラシネ(@deracine9)です。

本日は、「ブログで短編小説を」の第6弾。

甲斐バンド「危険な道連れ」。

The Long Goodbye, Perth Ontario, 2014

危険な道連れ

蒸し暑い夏の夜だった。

町の喧騒が、嘘のように静まりかえっていた。

玲子は、うつむいて目を閉じている。

言い合いになった後の気まずさが、二人に沈黙を余儀なくさせた。

彼女は、頑なだった。

僕の説得に応じようとはしなかった。

かと言って、僕の言い分が本当に真っ当なのかは、僕自身、疑問に思っていた。

「あなたと一緒にいたいの。それがどうしていけないの」

玲子は、朧げに足元を照らす街灯の下で、そう言った。

 

20100602_77_03 大阪・天五中崎通商店街

 

二十歳を過ぎた頃だった。

僕は心を病んで、精神科の専門病棟に入院していた。

入社した会社の上司とやり合い、参っていた。

 

その病院は、小さな港町の内海に面して建っていた。

入り江に注ぎ込む河と海とが混じり合い、満ち引きを繰り返す潮が、病院の窓からよく見えた。

玲子の個室は、僕の部屋から広いロビーのような空間を隔てた先にあった。

お互いどんな重たい荷物を抱えて、そこにきたのかは知らない。

その病棟の患者は、みなそうだった。

日々を、ドクターやスタッフのケアを受け、生活していた。

 

その病院の治療方針は独特で、あらかじめ段階が決められていた。

入院当初は、それぞれの部屋で、何もしないで過ごす。

その頃は、同じ患者同士の接触は、ほとんどない。

三度の食事を食堂でとるときに、顔を見合わす程度だった。

 

心身の疲労が取れたと見做されると、徐々に集団での治療に参加する。

みんなで陶芸をする時間があったり、ピアノの演奏に合わせて一緒に歌を歌ったり、講堂でソフトバレーボールをやったり…。

 

そうして集団生活をしていると、自ずと人の心は打ち解けてゆく。

玲子とは、そうやって親しくなった。

それは、じつにありふれたことだった。

だが、そこで暮らす人びとの心の傷は、一様ではなかった。

偶然に出会った場所が、とても風変わりだった。

その風変わりな出会いが、何かしら宿縁めいて、ふたりを不安にした。

 

After: Study Room

 

その夜は、町の夏祭りだった。

僕と玲子は祭り見物を装い、その病院を出た。

どこか遠くへ行こうと、ふたりで決めていた。

 

地元の盆踊りで街中は賑わい、舗道には露店が軒を並べていた。

いつか僕たちは、活気ある人波に、たいそうはしゃいでいた。

人前で、固く手をつないで歩くのは初めてのことだ。

時々、甘えるように肩にすがりつき、頭を寄せる玲子が愛おしかった。

 

露店には、たくさんの人だかりが出来ていた。

玲子は、ピンク色の綿菓子を買った。

くちびるを赤く染めてエクボを作る姿は、すっかり無邪気な子供だった。

僕は、般若のお面を買った。

なぜこんな鬼の面なの、と玲子が尋ねた。

それはね、鬼には厄除けの力があるからさ、と僕は答えた。

 

それから僕たちは、金魚すくいをした。

玲子は、網を皿のように操り、数分のうちに五匹ほども掬った。

僕はそれを、あきれて見ていた。

次は僕の番だった。

だが、金魚は危うげな網の上を、器用に逃げ回る。

一匹も掬えないうちに、網は破けた。

 

小さな女の子が、そばで僕たちの様子を見ていた。

ーお姉ちゃん、もう一回やって。

そう言って、玲子の袖を引っ張っている。

ーよーし、やるか。

玲子は腕まくりをして網を握ると、瞬く間に十匹近くも掬った。

ーはい、あげる。

女の子は、玲子の差し出したビニール袋に、眼を見張った。

袋の中は、飛び跳ねて泳ぎ回る金魚でいっぱいだ。

女の子は、ありがとう、と破顔一笑、ペコリとお辞儀をして、袋を受け取った。

それは、小さな生命(いのち)の輝く光景だった。

刹那の夢幻が、僕たちを包んでいた。…

 

Kingyo sukui

 

夢のような時間は、長くは続かない。

祭りに華やいだ街は、漆黒の闇に包まれ、なりを潜めた。

道端のあちこちに散乱しているのは、人混みに踏みしだかれた、金箔の紙吹雪や、破れた提灯、折れた幟、空き缶などの残骸だった。

相変わらず玲子と僕は、路地の片隅に座って黙りこんでいた。

何度も同じことを言い合い、その繰り返しに、ふたりとも疲れ果てていた。

 

ふたりの企てを、やめようと言い出したのは、僕だった。

「やっぱり、戻らないといけないよ」

「どうして?」と玲子。

僕は返事につまる。

「あたしが重荷なの。病気持ちだから?」

玲子は言った。

「みんな心配してるだろうし、帰らないで、どうするよ」

そう言いつつも、自分が情けなく思えてくる。

「知らない町で、ふたり生きて行こうって決めたじゃない。意気地なし」

玲子の声は、涙ぐんでいる。

 

今の病気を抱えたまま、二人が本当に一緒に暮らしていけるのか…。

玲子は、僕にその答えを求めていた。

だが、この道ゆきが、玲子を本当に幸せにすることになるだろうか?

玲子の涙は、僕のせいだ。

だからと言って、このまま突っ走ることは無謀すぎるのではないか?

心の中で、その疑問がぐるぐると駆け回った。

ー玲子が大切だから、すぐに答えを出せないんだ。

そう言って、玲子に言い訳している自分がいた。

 

All front lights are ON

 

突如、暗がりに一閃の光が蠢くと、うなるような爆音が辺りに響いた。

スルスルと一台の改造車が、派手なクラクションを鳴らし近づいて来る。

ようよう、夜中にしっぽりデートかい、とさかんに指笛を吹く。

この町の、青くさい不良どもらしい。

車には三人ほど乗っているようだ。

「ちょうどいい。運転手が来たよ」

僕がそう呟くと、どうする気なの、と玲子は不安気な顔をした。

「ちょっと、頭のヘアピン借りるよ」

玲子は首を傾げ、僕は髪の間からそれを取り出した。

 

「おい、おまえら。こっちへ来たらどうだ」

僕は、そいつらに大声で怒鳴った。

「なんだと、この野郎」

そう言って、助手席にいた男が車から出てきた。

「全員降りろ。それとも串刺しにされたいか」

たちまち、若い方の二人が殴りかかってきた。

こぶしの通る先は、瞬時に空を切る。

相手の動きを利用して、僕は素早く相手の後ろに回り込む。

いつのまにか、一人は地面に這いつくばり、一人は呻き声を上げ僕の体の下に組み敷かれている。

一瞬の出来事に戸惑いながらも、リーダー格の男が、飛び掛かって来る。

瞬間、身をかわすと、背中から羽交い締めにして、その場で玲子から借りたヘアピンを、首元に突きつけた。

「いいか。オレたち二人を、日の出病院まで乗せて行け」

男は、顔をひきつらせ、唸り声を上げながら首を垂れた。…

 

Storm

 

玲子と僕が戻ると、病院のスタッフは叱るどころか、大喜びで迎えてくれた。

「まぁ、よかった、心配してたのよ」

と、婦長さんに言われたときは、さすがにしんみりした。

玲子もうなだれていた。

真夜中の三時だというのに、数人のスタッフが帰宅もせずに、起きていてくれたのだ。

その夜は、そのまま個室へ戻り、眠りについた。

あなたといたい、という玲子の言葉は、いつまでも心の奥に響いた。

 

それから二週間後、玲子は退院した。

夏祭りの夜以来、僕らはお互いを避けていた。

時に視線がぶつかっても、目をそらし合う。

そんなことが続いていた。

だから、彼女が何を思い何を考えているのか、知ることはなかった。

 

僕もまもなく、退院が決まった。

すぐに今までの会社を辞め転職し、新しい仕事についた。

慣れない仕事は、いつか忙しない日常で僕を包み込み、時を忘れさせた。

玲子に連絡をすることはなく、彼女からも音沙汰はなかった。

 

Danish Hairpin

 

玲子と再会したのは、それから半年ほどしてからだ。

季節は、秋になっていた。

月に一度通う病院の待合室は、誰もが防寒の装いをしていた。

その中に、玲子の姿があった。

 

玲子は、どことなく落ち着いて見えた。

声を掛けると、自分の隣りの椅子を指差し、こっちに来てと合図をした。

僕が腰掛けると、玲子は意外にさっぱりした口調で話しかけた。

「あれから、どうしてたの。具合はどう?」

「うん。このとおり。退院したあと、別の会社で働いてるよ」

僕は、リュックにしまっていた新しい会社の制服を見せながら、そう答えた。

「そう。よかったわ」

「君はどうなの」

しばらくためらいの時間が流れた。

それから、玲子は柔らかい笑顔になって言った。

「わたし、ずっと聞けなかったんだけど」

「なにを?」

「あの夜、不良に絡まれたとき」

「うん」

「どうしてあんなに強いの?」

「そう言えば、何も話さなかったね」

そのときは、僕も自然に笑っていたように思う。

「父親が合気道の師範でね。小さい頃から仕込まれたんだ」

「えっ、そうだったの。まるでブルース・リーみたいだったわ」

玲子は口を抑えながら、感心したように笑った。

僕は、もう半年間忘れていた温かい感情が甦ってきたようで、嬉しかった。

だが、そのあと玲子はしんみり黙った。

そして、切り出した。

「あたしね、結婚したの」

僕は絶句した。

何をどう言葉にすればいいか、わからなかった。

見れば、彼女の左手の薬指には、指輪が光っていた。

しばらく時間がたって、おめでとう、とこたえるのが精いっぱいだった。

 

早すぎる結婚には、理由があったはずだ。

それも、ごくわかり切った理由が。

玲子は、すまなさそうに眼を伏せ、僕の隣に座っていた。

しかし、パッと明るい笑顔になると、手元のバッグから小さな箱を取り出した。

「コレね、私の大切な宝物なの」

玲子がふたを開けると、そこには、あのときの、黄金色のヘアピンが光っていた。

 

危険な道連れ  甲斐バンド

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