MIDNIGHT HERO

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ビートルズ。20世紀の神話となった不良たち。

Young-Beatles-17

世界にロックンロールという音楽が出現し、間違いなく後世まで聴き継がれるであろう唯一無二のロックバンド。

それがビートルズだ。

 

ビートルズについては、その歴史から楽曲解説その他マニア本に至るまで、いったいどれだけの書籍が発行された事だろう。

すでに発行されているビートルズ本を読んで頂ければ、彼らの音楽についてのあらましは容易に知ることができよう。

しかし、それらの本は、たいてい天才音楽家としてのビートルズ賛美に終始して、彼らの内的側面に触れているものは極めて少ない。

今日は、そんな知られざる4人の物語を、私流に語ってみようと思う。

 

それでは1曲目。

ビートルズのアルバムは、この曲から始まった。

  I Saw Her Standing There 

【歌詞和訳】I Saw Her Standing There / The Beatles

アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア

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Love Me Do 。4人の不良少年とロックンロール。

イギリスの港町・リバプール。

4人の生まれ故郷であり、音楽と出会った場所。

 

彼らの父親の職業は、ジョン、ポール、ジョージ、リンゴの順に並べると、船員、セールスマン、バス運転手、パン焼職人。

いずれもワーキングクラスの家庭である。

 

ビートルズ結成の柱だったジョン・レノンは、母のジュリアの元からミミ伯母さんに預けられて育った。

ミミ伯母さんの家庭は、ミドルクラスであったため、経済的には他の3人よりも恵まれていたが、その後実母ジュリアの愛情を取り戻しつつあったとき、突然ジュリアを交通事故で亡くした。

ジョンは、後年このことをこう呟くことになる。

自分は母親を2度亡くした、と。

 

リンゴは、リバプールの貧民街で生まれ、病弱な少年時代を過ごし、彼も父親のいない家庭で育った。

 

ポールは、看護師の母とセールスマンの父の間に生まれた。

父親はアマチュアのジャズミュージシャンで、幼い頃から音楽に親しんで育ち、両親の愛情には恵まれていたが、ジョンと同じく、早くに母は病没した。

 

ジョージは、実人生でも4人兄弟の末っ子。

成績優秀で名門校に進むが、病気で落ちこぼれ、反抗的な少年になっていった。

 

ジョンの言葉。

僕はいつも反抗的で社会のあらゆる物事が息苦しく感じられた。

だけど、その一方で、社会に愛され、受け入れられたいと願っていた。

 

4人とも、パンに飢えているというより、肉親の愛情に飢えていた。

Love Me Do.   僕を愛しておくれ。

デビュー曲のタイトルが、そのまま彼らの原点だった。

欠落した情操を抱えたまま育っていれば、彼らはみな、精神が破綻した人間になっていても不思議ではなかった。

Liverpool City Center

港湾都市・リバプール。

だがこの町には、彼らにとって必要な音楽があった。

リバプールは、雑多な人種や多国籍の人間が集散する港町。

18世紀、イギリスは、スペインやポルトガルを蹴落として世界中に植民地を獲得し、繁栄を極めた。

 

世界の工場と言われ、工業製品を世界に輸出し、輸出先のアフリカで拉致した奴隷を大陸各地で売りさばき、そこで現地の砂糖やたばこ、綿花などの輸入品を持ち帰るという三角貿易で巨大な富を得た。

リバプールは、その拠点として栄えた。

同時に、ヨーロッパ各地からアメリカへの移民を運ぶ出発地でもあった。

 

第2次大戦中、リバプールは造船所があったため、ドイツ軍の空襲で大打撃を被った。

ポールは子供の頃、焼け野原になった空き地で遊んでいたという。

町には、戦争で心をやられた傷痍軍人が、あちこちにうろついていた。

 

だが、彼らの音楽的キャリアにおいて、近郊にイギリスで最大規模の米空軍基地があったのは、幸運だった。

そこは、リトルアメリカと呼ばれ、ノルマンディ上陸作戦では、さらに多くの米兵がリバプールに集まったという。

無聊を紛らわすため、船乗りや軍人の中には必ず音楽好きがいた。

船に持ち込まれた楽器やレコードが、自然と町の中にも溢れ、世界中の音楽がリバプールには流れ込んでいた。

 

そんな中、ビートルズの4人がティーンエイジャーとなりつつある頃、アメリカで新しい音楽が流行し始めた。

それがロックンロールだった。

チャック・ベリー、ファッツ・ドミノ、カール・パーキンス、エルヴィス・プレスリー、リトル・リチャード、バディ・ホリー、エディ・コクラン、ジーン・ヴィンセント…。

なかでも、エルヴィスの「ハートブレイク・ホテル」は衝撃的だった。

Heartbreak Hotel            Elvis  Presley

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行き場の無い怒りや愛への渇望といった若いエネルギーを爆発させるために、ロックンロールは最高だった。

彼らの愛情飢餓を癒し、心に空いた穴を埋めてくれる魔法の音楽。

それが、彼らにとってのロックンロールだった。

その場所、その時しかないという奇跡の符合で、彼らはその音楽に出会ったのだった。

(ここで述べた事情は、九州・博多が港湾都市であり、米軍基地があって、FENから流れる音楽を聴いて多くのミュージシャンが生まれた事と酷似している。九州・博多はまさに日本のリバプールであったのだ。)

ビートルズがカバーして日本でもヒットした、チャック・ベリーの名曲。

ジョンがヴォーカルを取っている。

Rock and Roll  Music 

ロック・アンド・ロール・ミュージック

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Young-Beatles-25

バンド名の由来。

ジョンは、まず結成したバンドを、クオリィメンと名付けた。

クオリィは、自分が通う学校の名であり、当時のイギリスで流行していたスキッフルというノリのいい音楽に憧れて始めたバンドだった。

 

そしてジョンは、ポール・マッカートニーと奇跡の出会いを果たす。

ポールの紹介で、まだ15才のジョージ・ハリスンがバンドに加わる。

 

やがて、運命の波に乗り、活動が本格的になってくると、新たなグループ名が必要となってくる。

いくつかの変遷を経て、「シルバー・ビートルズ」と名乗るようになる。

シルバーはイギリスの冒険小説「宝島」に登場する海賊船長の名前だ。

Wikipedia によると、シルバーには「long john」(のっぽのジョン)というニックネームがある。

ジョンは、このため「シルバー」を頭に付けたのかもしれない。

 

最終的には、この「シルバー」が取れて、「ビートルズ」が正式なバンド名となる。

「beetle 」とは、カブト虫のこと。

これに音楽の「beat 」を掛け合わせて「Beatles 」となった。

虫の名前を選んだのは、バディ・ホリーのバンド「クリケッツ」(こおろぎ)が虫の名前だったことによる。

なぜ「カブト虫」だったのか?

それを、多くの日本人は知らない。

教えてくれたのは、元フォーク・クルセダーズの「きたやまおさむ」の著作「ビートルズ」である。

ビートルズの現役時代に「帰ってきたヨッパライ」を大ヒットさせ、その後精神科医となった彼の著書「ビートルズ」は、同時代を生きた日本人アーティストの、稀にみるビートルズ論として、深い洞察に富んでいる。

 

英語圏において、カブト虫は、害虫の意味を持つ言葉だった。

ゴキブリ、シロアリ、ノミ、シラミと同類とされていた。

そこに英語圏で育った人間と、我々日本人の感覚とのズレがある。

 

彼らは自分たちのバンドに、「ゴキブリーズ」と名付けた。

ここには、愛される場所が無く、カサコソとゴミ溜めをうろつき回っていた不良達の、大人社会に対する強烈なふざけ心があったはずだ。

 

帰ってきたヨッパライ  フォーク・クルセダーズ

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バンド名の由来を知るに及んで私がまず想起したのは、ブルーハーツのデビュー曲「リンダ リンダ」の詞だった。

ドブネズミみたいに 美しくなりたい 

写真には写らない 美しさがあるから

 

バンドマンとして生きることでのみ、表現する事が可能であった美意識や存在意義。

そこに通底するエネルギーの奔流を、私はみる。

リンダ リンダ  ブルーハーツ

リンダ リンダ

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Young-Beatles-10

こちらはポールのヴォーカル。

リトル・リチャードのカバー。

Long  Tall   Sally 

ロング・トール・サリー

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ハンブルクでの A Hard day's Night.

この記事の冒頭から使用した3枚の写真。

これが、アマチュア時代のビートルズだ。

(まだここに、リンゴ・スターはいない。)

 

いずれも上下を黒のファッションで決め、クールな不良達というインパクトを与える。

彼らの日本でのイメージは、あのマッシュルームカットから始まるのだが、それは後の話。

メジャーバンドに成り上がる過程では、こんな姿だった。

 

彼らは修業時代、ドイツの港町、ハンブルクのクラブで酔客相手に演奏した。

毎日8時間にも及ぶステージをこなし、酒と煙草、セックス、ドラッグ、ロックンロール、疲れ果てるとブタ箱のような一室で、全員が寝泊まりをする。

 

しかし、ハンブルクの歓楽街での日々は、彼らを不良少年から、いっぱしのバンドマンに育て上げた。

ステージングも、歌唱力も、バンドとしての力量も、そこで学び鍛えたものだった。

デビュー前、彼らのハンブルクの演奏旅行は3度、9ヵ月間程で通算1,000時間以上、ステージに立ったことになる。

 

ジョンは、のちにこう語る。

僕を育ててくれたのは、リバプールじゃない。ハンブルクだよ。

 

アルバム「A Hard day's Night」からジョンの名曲。

I'll  Be  Back 

【歌詞和訳】I'll Be Back / The Beatles

アイル・ビー・バック

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Money 。スターへの転身。

彼らは、あっという間に大スターになったわけではない。

学生バンド、クラブバンド、ダンスホールバンドと、徐々に階段を昇っていった。

幾人もの興行師が彼らを橋渡ししていき、最後にキャバーンクラブで彼らを発見したのが、マネージャー契約を結んだブライアン・エプスタインだった。

 

中流階級出身で、リバプールでレコード店を経営していたブライアンは、彼らの姿にダイアモンドの原石を見た。

ブライアンは、彼らを大手レコード会社からデビューさせる事を約束し、バンドはその提案に乗ったのだ。

 

ブライアンがマネージャーとなって、まず行った改革は、彼らに革ジャンとジーンズを脱がせ、お揃いのスーツを着せ身だしなみを整える事だった。

ジョンは抵抗したが、不良の格好では中流階級以上の仕事が取れない、ビジネスのためにはフォーマルなファッションが必要だと説得し、仕事が増え金が儲かるならと、同意を取り付けた。

 

これが、リバプールのチンピラ達が世界のビートルズになる第一歩だった。

だが同時に、彼らの内面と外ヅラが乖離し始める、最初の出来事でもあった。

スターになりたいという憧憬と、上流階級へのおちょくりとお遊びであったゴキブリたちのパフォーマンスは、リバプールというイギリスの田舎町から、世界を相手とした壮大なショーへと様変わりしてゆく。

 

ブライアンは、公約どおりEMI のパーロフォンレーベルと契約を取り付けた。

奇しくもそこには、ジョージ・マーティンがプロデューサーとして待っていた。

Brian Epstein en The Beatles

ブライアン・エプスタインとビートルズ。

 

Money (That's  What  I  Want )

TheBeatles【歌詞和訳】Money

マネー

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Working Class Hero 。 労働者階級の英雄。

多くのアマチュアバンドがたどるように、メジャー契約には痛みが伴う。

それまでビートルズのドラマーだったピート・ベストは解雇され、リバプールでは名の知られたリンゴ・スターこと、リチャード・スターキーが新たなドラマーとして加入する。

 

こうしてブライアン・エプスタインという敏腕マネージャーの意匠に乗ったカブト虫達は、イギリス本国はおろか、世界に売り出される。

以降、「Eight Days A Week 」(1週間が8日)のようなハードスケジュールをこなし、ライブにレコーディングに映画出演にと、犬のように働き(「A Hard day's Night」の詞)、甲虫楽団の宴を取り持つ事になるのだった。

 

Eight Days a Week - the Touring Years [Blu-ray]

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しかし、外ヅラをいかに取り繕っても、彼らがリバプールの田舎者で、ワーキングクラスの出自であることは隠せない。

お上品に言っても、イギリスはいまだ階級意識の強い、身分社会だった歴史を引きずっている。

ビートルズの登場によって、ロイヤルファミリーが彼らの音楽を楽しむ時代となったとしても、歴史の長さゆえに、そうなのだ。

 

彼らの変わり身の早さは特別級だが、根っこには故郷リバプールがいつも心にあった。

その証拠に、彼らの使う英語は、普段の会話から歌詞に至るまで、スカウスというリバプールなまりであった。

 

これも特筆すべき事で、日本人にはわからない。

もしビートルズが、九州・博多の生まれだとしたら、武田鉄矢の海援隊なみに博多弁で歌っていたことになる。

しかも彼らは決して、リバプールなまりを標準語に変えようとはしなかった。

数々のビートルズ本によれば、こんなエピソードがある。

1963年、イギリス全土にビートルズの名が知れわたり、王室主催の音楽会に招かれて演奏したときのこと。

ジョンは、「ツイスト&シャウト」を歌う前に、有名な宝石ジャラジャラ発言をした。

 

For our last number, I’d like to ask your help.

Will the people in the cheaper seats clap your hands?

And the rest of you, if you’ll, just rattle your jewelry. 

最後の曲の前に、みなさんにお願いがあります。

安い席の方は拍手してください。

そのほかの席の方は、宝石をジャラジャラ鳴らしてください。

 

この軽妙なトークで女王陛下の微笑を誘ったジョンだが、その出番前には、「宝石」を「その胸くそ悪い宝石」(ファッキング・ジュエル)と言うつもりでいると笑っていた。

ブライアンは、それを言わせまいと、必死にジョンをなだめすかしていたというのだ。

それがジョンのおふざけだったとしても、半分は本気だったのではないだろうか?

Twist And Shout   (ロイヤルバラエティショーでの演奏。)

ツイスト・アンド・シャウト

ツイスト・アンド・シャウト

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後年のジョージの言葉。

パラディアムみたいな場所に出るために僕らはスーツを着て彼らの規則に従った。

だけど、たいてい心の中で思ってたんだ。

ふん。今に見てろよ、こいつら。

ジョンの言葉。

僕らはワーキング・クラスの出で、ワーキング・クラスであり続けた初めてのシンガーだった。

ワーキング・クラスってことを堂々と言い、イギリスでは見下される発音も改めようとはしなかった。

変わったのは僕らのイメージだけさ。

「ビートルズ・アンソロジー」P 102

Working Class Hero  John  Lennon 

<歌詞和訳>Working Class Hero – John Lennon

Working Class Hero

Working Class Hero

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ジョンは、ソロになってから、アーサー・ヤノフという心理学者から「原初療法」という精神療法を受けている。

そして、幼少期の喪失体験から解き放たれ、プラスチック・オノ・バンド名義で「ジョンの魂」という傑作アルバムを発表した。

 

結局のところ、あれだけ多くの人々に取り囲まれながら、ジョンの心は癒されることはなかったのだ。

彼が伴侶とした オノ・ヨーコだけが、そのきっかけを与えてくれたように思える。

 

ビートルズ全詩集

 

さて、ビートルズ誕生からブレイクまでの道筋を、私見を交えて書いてきたが、ビートルズの物語は、その後の解散から現在に至るまで、まだまだ続く。

ごく大ざっぱに、まとめて言えば、次のようになる。

Help !   届かない心の悲鳴。

このあと彼らを待っていたのは、アメリカでの成功と世界ツアーだ。

しかし、おふざけの遊び(PLAY )であったはずの演奏旅行は、異常というほかはない、ファンとマスメディアの阿鼻叫喚にのみ込まれ、彼らの思惑をはるかに超えて、ひとり歩きを始める。

 

世界のスーパースターとして、山手線の切符のようにレコードが売れていた頃、ジョンは、映画になった歌の中でこう叫んでいた。

Help !

ヘルプ!

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助けて! 

だれでもいいわけじゃないけど 

だれかにいてほしんだ 

助けて!

僕の生活はすっかり変わってしまった

自分らしさなんて 

もうどこにもなくなったんだ 

いつも不安なんだ 

だれかが必要なんだ 

お願いだ 

助けて!

Lennon &  Mccartny  「 Help ! 」

 

しかし、誰もジョンの悲鳴を本気にはしなかった。

メンバーである3人を除いては。

 

もう彼らには、人間らしい生活もファンとの交流も無かった。

どこにいても追いかけてくる、ビートルマニアとカメラマン。

彼らから逃れる場所は、聖域であるステージか、高級ホテルの個室だけだった。

Help!

Help!

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Sgt.Pepper's Lonely Heart's Club Band.   混迷の中の最高傑作。

生身の人間である自分たちと、メディア内の仮想現実に振り回される、お人形としてのビートルズ。

それからのビートルズは、飛躍的な音楽的進化とはウラハラに、自己に深い亀裂をはらんで、ますます混迷の度合いを深めていく。

自分の本来の姿を取り戻すための迷走が続くのだ。

 

ツアーの中止も、インドへの旅も、ドラッグへの依存も、明るく振る舞う世紀のスターのイメージとはほど遠い、救いを求めての魂の遍歴だった。

 

そんな状況下で、マネージャーのブライアン・エプスタインが、薬物の過剰摂取で世を去る。

ライブツアーを止めたビートルズに、ブライアンは用無しになってしまった。

そこから、ビートルズの崩壊への道行きが始まる。

 

以後の彼らは、何をやってもマスコミや評論家から叩かれた。

TV番組「マジカル・ミステリー・ツアー」は、高視聴率にも関わらず、不評だった。

成功と呼べるものは、スタジオという自分たちだけの空間で、のびのびと才能を開花させたアルバム「サージェント・ペパーズ」のみだった。

A Day In The Life 

<和訳>A Day In The Life – The Beatles

ア・デイ・イン・ザ・ライフ

ア・デイ・イン・ザ・ライフ

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Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Remastered)

Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Remastered)

Get Back.   ポールの叫び。

世界が絶賛する最高傑作を作り上げたビートルズは、糸が切れた Kite のように、バラバラに活動をするようになる。

そして、自分たちが好きなレコードをプロデュースできる「アップル」という会社を立ち上げる。

 

やりたいことは、すべて成し遂げたかに思えた4人は、一見幸福そうだった。

しかし、彼らが作り上げ、4人で担いでこれたビートルズというおもちゃ箱は、あまりに大きく肥大化した容れ物に変容していた。

それはもう、それぞれの肩には重過ぎ、自分たちで制御不能の、やっかいなお荷物になってしまった。

それぞれの人生を伴にするパートナーも見つかった。

ジョンにはヨーコ、ポールにはリンダが、ビートルズよりも親密な伴侶となった。

 

そして、いよいよグループの危機を感じたポールが、ゲットバックセッションを目論む。

あの頃へ帰ろう。もう一度やり直そう。

メンバーへのその叫びが、あのルーフ・トップでの「ゲット・バック」であったのだ。

Get  Back

<歌詞和訳>Get Back – The Beatles

ゲット・バック

ゲット・バック

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あとがき

最後は駆け足になってしまったが、私が伝えたかったことは、彼らがいかにして自分の道を切り拓いていったか、ということである。

 

世界の頂点に立ってしまったビートルズの物語は、もう語らずに、そこで終わりにしておきたかったというのが、本音だ。

なにしろ世界一なんて、今を生きる私には、ぜんぜん関係ないことだから。

 

その本音に、ビートルズのメンバーは、きっと共感してくれると思う。

彼らだって、3ヶ月くらい人気が続けば、いい方だって言ってたんだから。

 

この先、またビートルズのことをおしゃべりをしたくなったときは、迷惑だろうけど、この続きをやらせてもらうよ。

それが、ビートルズ流だろう?

きっと、そうさ。

最後に。

この記事を書いているとき、イギリスのエリザベス女王が亡くなられた。

エリザベス女王が、ビートルズにMBE 勲章を授与したことはよく知られている。

心よりご冥福をお祈りしたい。

 

この記事を書くにあたり参考とした書籍は、上掲のほか、以下のとおり。

ビートルズアンソロジー

ビートルズアンソロジー

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The Beatles Live at the BBC