MIDNIGHT HERO

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脚本家・山田太一の世界。笠智衆主演・ドラマ「冬構え」。老いの旅路の果てに。

山田太一原作 笠智衆主演  『冬構え』【NHKスクエア限定商品】

今週のお題「名作」

こんばんは。デラシネ(@deracine9)です。

本日は、脚本家・山田太一の世界、ドラマ「冬構え」をお送りします。

笠智衆さんのこと。

笠智衆さんと言えば、小津安二郎監督の作品で有名です。

大部屋時代も含めると、小津作品のほとんどに出演されているそうです。

「東京物語」「晩春」「麦秋」「秋刀魚の味」など、家族の絆を描いた小津作品の象徴的存在で、小津監督の名声が高まると共に、世界的に知られるようになった俳優と言えるでしょう。

 

山田太一さんが映画会社の松竹に入った頃、笠智衆さんは松竹の看板俳優であり、小津作品だけではなく、木下恵介や黒澤明などの映画にも出演していましたから、山田太一さんにとっても雲の上の存在だったわけです。

 

しかし、私の世代で笠智衆さんと言えば、山田太一ドラマのお祖父さん役であり、「男はつらいよ」シリーズの御前様(お寺の住職)でした。

(実際に、笠智衆さんは熊本県のお寺の息子で、数ヶ月間住職を継いだこともありました。)

 

ですから、小津作品を観て、私が感嘆する事と言えば、その当時から笠智衆さんが老け役を見事に演じていて、なんら違和感がないという事くらい。

 

小津ファンには申し訳ない事ですが、こればかりは如何ともし難いのです。

余談ですが、小学生の頃好きだった向田邦子さん脚本のドラマに、「寺内貫太郎一家」という名作があります。

そこで、おばあちゃん役だった樹木希林さん(当時は悠木千帆という芸名)が、当時は30代前半だったということを、私は大人になるまで知りませんでした。

 

本当にそれくらいの年齢だと思っていたので、これを知った時は驚きました。

今「東京物語」などを見返すと、笠智衆さんも、それにまさるとも劣らない老け役ぶりです。

実年齢は妻役の東山千栄子さんの14歳年下で、のちに山田太一作品「今朝の秋」で夫婦役で共演した杉村春子さんとは、父と娘の役で出ていました。

 

その老け役を演じてきた笠智衆さんが、山田太一さんの熱望によりその作品に出演する頃には、本当の老人になっていたのです。

笠さんの老優としての存在感が、否が応にも高まるのは、必定だったと言えるでしょう。

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山田太一作品と笠智衆さん。

若い頃から、笠智衆さんとの仕事を夢見ていた山田太一さんです。

笠さんとの初仕事は、1975年の「男たちの旅路 第3部・シルバーシート」でした。

 

その後、連続ドラマ「夕暮れて」「沿線地図」、大河ドラマ「獅子の時代」と続き、笠さん晩年のNHK3部作「ながらえば」「冬構え」「今朝の秋」に至るのです。

 

この頃の笠智衆さんは、まさにいぶし銀と言ってよいでしょう。

その佇まいといい、風貌といい、画面に映し出されるだけで、崇高な輝きを放っていました。

山田太一さんの脚本が、その魅力を最大限に引き出していたことは確かです。

 

それに加え、当時NHKには深町幸男さんという素晴らしい演出家がおられました。

山田太一さんとタッグを組んで、数々の名作を手掛けられました。

「冬構え」も深町さんの演出です。

 

そもそも日本のテレビドラマで、高齢の役者さんが主役を務めるのは、極めて稀なことでした。

笠智衆さん、山田太一さん、深町幸男さん。

この3人のタッグがあって、孤高の作品を生み出したと言えるでしょう。

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ドラマ「冬構え」の世界。死出の旅路。

前置きが長くなってしまいましたが、それは、このドラマを語るに、笠智衆さんという役者の存在は欠かす事のできないものだからです。

 

物語のさわりをご紹介します。

 

ひとりの老いた男が、東北へ旅に出ます。

連れはいない、一人旅です。

 

温泉地や名所・旧跡を周るうちに、宿泊したホテルの客室係の女性(岸本加世子)と知り合います。

事の始まりは、老人が多額のチップを渡したからです。

 

2日で5万円をもらった女性は、そのホテルの板前(金田賢一)と、独立して小料理屋をやりたいと思っているので、気前のよい老人との出会いをチャンスだと考えます。

 

老人は、自分が金満で気前がよいのを隠そうとはしませんが、実のところ、男が何者なのか、旅のいきさつや目的は何か、謎めいているのです。

 

そんなとき、チップをもらった女性と恋仲の板前は、調理場の親方を殴ってしまい、ホテルに居られなくなり、二人は老人の跡を追いかけます。

 

そして、ようやく出会い、同じ宿を取り、店を持ちたいという夢を語ります。

翌日、老人は別れ際にタクシーの座席から、若い二人に放り投げるようにポンと新聞紙の包みを渡します。

あっという間にタクシーは、その場を離れ、二人は新聞紙の包みを開きます。

すると、そこには150万もの札束が入っていました。………

山田太一作品集(1) 冬構え

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こんな感じでドラマは進んでいきます。

初めのうちは、ちょっとコミカルな場面もあったりで、穏やかな心なごむシーンが多いです。

 

それも、岸本加世子さんの演技や笠智衆さんの熊本弁がいい味を出していることがひとつ。

そして、晩秋の紅葉に彩られた名所・旧跡を巡る笠さんの自然体の演技がひとつ。

また、そこで流れるギリシャ音楽の素晴らしさがひとつ。

 

そこで、同じくひとり旅をしている老女(沢村貞子)と道連れになるエピソードも、私たちを現実とは異なるハレの世界へと誘ってくれるのです。

 

しかし、この老人が気前がよいのも、あてどなく旅を続けるのも、理由がありました。

ボケが出始めて、旅に行けるのも今のうちだということではありません。

 

元気なうちに、子供たちの家族に迷惑をかけることなく、自ら死を選ぶ。

それは、誰が悪いせいでもない、自分のわがままだと。

 

齢八十を超えた老人は、それを遺書としてしたため、カバンに入れて旅に出たのです。

 

これがギリシャの作曲家ミキス・テオドラキスの挿入歌。

Dromii  Palii   ミキス・テオドラキス

The Very Best of Mikis Theodorakis

The Very Best of Mikis Theodorakis

  • ミキス・テオドラキス
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The Very Best Of Mikis Theodorakis

The Very Best Of Mikis Theodorakis

長生きするにこしたことはない、という正論が揺らぐとき。

現代においては、長生きする、ということは、誰しも疑う余地の無い価値観だと思います。

しかし、一生を通じて、現代人がこの考えを否定する可能性があるとしたら、死を目前に控えたときだろうと思います。

 

これほど老人にとって、切実な問題はない。

体が動かなくなって、もう世間では迷惑な存在だと思えば、私もあなたも、やはり相当ジタバタするでしょう。

 

主人公の老人は、近い未来に寝たきりになって、親類縁者の間をたらい回しにされ、やがて病院で廃品のように死を待つことを嫌だと思い、自分の考えを実行に移そうとします。

 

あくまで生きることが大切だという正論を拒んで、死を選ぼうと考える老人がいても、少しも不思議なことではない。

 

山田太一作品の特徴は、日常的な風景の合間に、観る人がハッとするようなテーマ性が潜んでいることです。

この「冬構え」も、そういった明確な作者の企図が感じられる作品です。

冬構え

冬構え

老いの哀しみ。

私の父方の祖母は、九十過ぎまで生きましたが、最後の十数年は病院での生活で、認知症が進み、ほぼ廃人状態でした。

まだ高齢者施設というものも、それほど整備されていなかった頃です。

 

両親が面倒をみていたのですが、病院も迷惑に感じているのが明白で、時折病院を訪れる母親に看護士がグチを言い、人間として扱われていないのがよく分かりました。

 

私には、そういう祖母がいたので、このドラマの老人が死に思い至るまでの背景が、漠然とわかるような気がします。

 

しかし、普通の人々は、その時々の年齢が思考するのではないでしょうか。

 

このドラマに登場する、今から小料理屋を持とうと思っている若い二人は、この老人に出会うまで、そんな孤独とは無縁でしかありませんでした。

 

かろうじて、似た境遇の祖父を持つ板前の男が、老人の不審な振る舞いに、ようやく気づくのです。

 

若い二人が東北の大地で、生き生きと跳ね回るラストシーンは、まさにそのことを物語っているように思います。

ところで、山田太一さんがこのドラマを執筆したのは、ちょうど五十歳でした。

 

これは、驚くべきことで、この稀有な才能を持った脚本家は、五十にして、老境の男の心の内部までを見据え、それとは対照的な若い男女の生命力と活力を、描き切っているのです。

 

他者の抱える問題を、自分の事として捉える眼がなければ、脚本など書ける訳がないのですから、当然と言えば当然です。

 

しかし、山田太一さんは、その人物の立場から物事を捉える力が、並の脚本家とはケタ違いに優れていたことは確かです。

 

そして、山田太一さんほど、老いや死といったテーマに正面から向き合った脚本家も稀でしょう。

先ほど述べた、笠智衆さんの出演作「シルバーシート」や「沿線地図」で、山田さんはすでに、このテーマに取り組んでいたのです。

 

山田太一さんご本人の訃報が伝わってから、いまだ半年にもなりません。

ご子息の話によると、山田さんご自身も、このドラマの老人が考えたように、堅くご自身の延命治療を拒否されたということです。

今朝の秋 (新潮文庫 や 28-11)

再び笠智衆さんのこと。

これから述べるエピソードは、上の新潮文庫のあとがきにある話です。

 

1984年、夏の事です。

山田太一さんは、笠智衆さんにあて書きして、この脚本を完成させました。

しかし、笠智衆さんは、なかなか出演を快諾してはくれませんでした。

自分はもう、齢八十になる。主役は無理だ。

それが笠さんの言い分でした。

 

山田太一さんは、それを聞き、これは笠さんのために書いた脚本です、撮らないでくださいと、演出の深町幸男さんに伝えました。

 

しかし、これだけの脚本を埋もれさせるのは惜しい。

深町さんとプロデューサーの岡田さんは、このような想いで、「ながらえば」で笠智衆さんと共演した宇野重吉さんに、この作品のオファーを出しました。

 

宇野重吉さんは、一週間経って、返事をされました。

以下、深町幸男さんの文を引用します。

深町さん、この脚本は面白い。ぜひとも出演したいと思いました。

何回も読みかえして、七十代の私は、八十代の主人公になるべく扮装も試みました。

でも、それは間違いだと思いました。

私には、八十歳をこえた老人そのものになり切ることができない。

作品をけがすことになります。

この老人は、笠さんそのものです。

その後、秋になると、笠さんは出演を良しとされ、山田さんの期待どおり、秋の東北を歩く笠さんの姿が、作品となりました。

 

この脚本は笠智衆さんそのもの、と言った宇野重吉さんの発言は、まさにそのとおりだと思います。

この重過ぎるテーマを背負った作品を、軽いユーモアを交えて、飄々と自然体で演じることができるのは、笠智衆さんだけだと、私も思います。

ユリイカ 2024年4月号 特集=山田太一 ―1934-2023―

ユリイカ 2024年4月号 特集=山田太一 ―1934-2023―

 

あとがき。

山田太一さんの小説「異人たちとの夏」が、アンドリュー・ヘイ監督により再映画化され、「異人たち」という邦題で上映されています。

原作は、私の大好きな小説です。

 

さりとて、山田太一作品は、テレビドラマにこそ、その真骨頂があると思うのです。

「冬構え」は、まさに世界に通用する名作だと私は思っています。

 

山田太一の名が、世界的なものになる日が来る。

それは、もうすぐそこまで来ているのかもしれません。

 

それでは、今夜はこれで終わりです。

おやすみなさい。