GENTLE LAND ECHOES
私が辻仁成を語るには、まず私自身の事から始めなければならない。
10代の私は、自分の肉体と精神に、非常な弱さを感じていた。
自分がこの世の中で生きていけるのか、不安で一杯だった。
太宰治、曰く。
私は散りかけてゐる花瓣であつた。
すこしの風にもふるへをののいた。
人からどんな些細なさげすみを受けても死なん哉と悶えた。
「思い出」
そういう神経過敏な子供でありながら、他人事には非常に鈍感で無神経、そんなところがあった。
若き日に、私は自意識との闘いに疲れ果て、倦んでいた。
心を病み、精神科の思春期病棟のような病院にいた事もある。
そして、20代。
まだまだ、この世の中で生きて抜いていけるのか、不安でたまらない。
しかし、私には、幼い頃からの夢があった。
それは、小説家になりたい、という一事であった。
私は父親に向かい、東京へ行って作家を目指したい、と直談判に及んだ。
しかし、苦労人であった父は、私の本音を見抜いていた。
明日、生きていく自信さえ持ちえない自分が、唯一人、大都会の真ん中で生きていく事など、私自身が信じられなかったのだ。
父は、巧みに私の本心を刺した。
私には、言い返す言葉も信念も、持ち合わせがなかった。
その後、私は故郷の地で勤め人となって、実社会に出た。
勤めながらでも、文学の修業は出来ると思ったのだ。
そして、 2年余りが過ぎた頃、私はひとつの小説に出会った。
それが辻仁成の「ピアニシモ」だった。
カッティング・エッジ ECHOES
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文学の世界に、軸足を置くためだった。
それを読んだとき、私の中に衝撃が走った。
山田太一さんの言われるように、言語芸術が、現代の若者に与える影響力を失ってきている。
この小説は、エコーズの曲を、そのまま文学に具現化したような作品だった。
私がロックバンド・エコーズを知ったのは、辻の「ピアニシモ」を読んでから。
私が惹きつけられたのは、その音楽性もさることながら、その時代への批判精神と、常に時代を先取りしているという、辻のみなぎる矜恃だった。
友情 ECHOES
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エコーズのアルバムを1作目から追ってゆくと、最初の「WELCOME TO THE LOST CHILD CLUB」、2枚目の「HEART EDGE」と、楽曲のクオリティは最初から非常に高いと感じる。
詞の世界もサウンドも前衛的であり、メッセージ性が極めて濃い楽曲が並ぶ。
中でも「アフタースクールコミュニケーション」は、ハッカーや引きこもりなど、未来を予見する言葉が散りばめられた、初期のエコーズを象徴する楽曲として、語られることが多い。
デビューアルバムのジャケットの帯に書かれたキャッチ・コピーには「諦めてしまう前に オレ達と組まないか」とあり、「恐るべき子供達へ」という曲の中でも「ガラスを割る前に オレ達と組まないか」という詞がリフレインされる。
これは明らかに、同じレーベルに所属していた尾崎豊を意識したものだ。
80年代にあって、尾崎にはない「連帯」という異なる抵抗の枠組みを、バンドのステイトメントとして登場した彼らが、異色の存在であったことは想像に難くない。
メッセージ性を色濃く主張するロックバンドとしての立ち位置は、甲斐バンド、レベッカ、尾崎豊も同様だったが、時代を先取りして行く、敢えてメジャー志向を拒否する姿勢が、エコーズというバンドの特異性を、際立たせていたと言える。
4曲目。
Mr.Children の桜井和寿が、エコーズの曲の中でも特に影響を受けたとされる佳曲。
SOME ONE LIKE YOU ECHOES
SOMEONE LIKE YOU / ECHOESの歌詞 |『ROCK LYRIC』
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この曲は、3枚目のアルバム「No Kidding」に収録されているが、解散を前にリリースしたベストアルバム「GOLD WATER」にセルフカバーが新録で入っている。
辻は、5作目のアルバム「HURTS」あたりから、ヴォーカリストとして急成長を遂げた。
あえて初期のアルバムの難点を挙げるとすれば、辻のヴォーカルの生硬さと音の全体的な軽さにあったと思う。
辻の発声といいサウンドの重量感といい、この新録バージョンは圧倒的に素晴らしい出来映えだ。
このベストアルバムには、そのほか、1作目から3作目までに収録の「JACK」「BETWEEN」がニューバージョンで収録されており、ロック・ヴォーカリストとしての辻は、別人のように変貌した事が窺える。
アルバムも、新作のリリースごとに完成度は高まり、それまでのエッセンスにオーディエンスへのダイレクトなメッセージを発信する、骨太な楽曲へとモデルチェンジを重ねてゆく。
惜しむらくは、バンドが円熟期に入り、 ピークに達したと同時に解散してしまったのが残念でならない。
しかし、それは作家・辻仁成の誕生とともに、そうなりゆく宿命にあったのだとしか、今は言い様がない。
5曲目。
Warrior ECHOES
これは、1991年の日比谷野音、ラストライブのオープニングナンバー。
口笛を合図に攻撃が加えられた
コンクリートジャングルの Warrior
あくびはエスケイプ くしゃみはシュプレヒコール
俺たちの合図さ Warriors
Warriors Warriors Warriors Insane
落ちこぼれの俺たちは 失業者みたいなものさ
解雇される心配もないよ
組合のバッジを付けた ヒステリックな教師たちへ
教えてやろう Warriors
Warriors Warriors Warriors Insane
詞・曲 : 辻仁成
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20代後半、エコーズの曲は、私の夢の伴走者であった。
その渇いたメロディと詞は、私の10代の経験を彷彿させ、それを文学に昇華させ得ることに希望を与えてくれた。
それが、私にとっての辻の小説作品であった。
今、あれから30年近い時を経て、そのデビュー作のページをめくってみると、そこには気恥ずかしいほど、自己愛や自己憐憫を、そのテキストから読み取っていた自分が透けて見える。
結局のところ、何を媒体にしたところで、人はその中に今生きている自分自身を発見するに過ぎない。
もしそこに、この全宇宙を見晴るかす才能があり得たとしても、自己を通すことでしか、その存在を知る事は出来ないのだ。
誰にも知られないところで、私はひそかに、エコーズという解散してしまったバンド、辻仁成という表現者と、グルになって共闘した。
この磁場でなら、きっと存在できる、闘える。
私は、生まれて初めて、世の中に存在していける、との確信を得る事ができた。
このあと、この世の中でどんな事に遭遇しようと、私は自分の手中にあるペンで、あらゆる負の出来事をプラスに変え、自分というものの存在意義を再認識することができる。
勝つ事は出来ないまでも、生き続ける事はできる。
たしかに、そう思ったのだった。
デラシネ ECHOES
詞・曲 : 辻仁成
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エコーズのアルバム中、私が最も愛する6th アルバム 。ヒット曲「ZOO」や「デラシネ」などを収録。
私自身の、内なる辻仁成との出会いが、その後の私の、新たな闘いの始まりとなった。
敵は、内外に大勢いた。
芸術家として人に抜きん出、ミューズの愛を独り占めし、高みに昇りつめようとする異端児には、必ず襲い掛かる、孤独と不安、そして恐怖。
身を落ち着ける場所のない、根無し草の心。
いびつな存在として浴びせられる、世間の辛辣な悪態や轟く罵声。
いくつもいくつも現れては消える、栄光という名のまぼろし。
それらをねじ伏せて、歩みを進めて行く事の困難な所行。
それからの私は、一般のモラルに従って生きる人々の感じようもない、目の眩むような歓喜や陶酔にも遭遇したが、一度転落すると這い上がりようのない、挫折と失意をも味わう事になった。
それが、真理という名の悪魔に魂を売ったドクトル・ファウストの叙事詩や、フランス中世の盗賊にして大詩人、フランソワ・ヴィヨンの捧げるがごとき遺言書となるのだ。
それを語るのは、私自身にとってあまりに残酷だが、それが芸術家の宿命である。
しかし、ここがその場所ではない事は確かだ。
私は、作品によって、読者諸氏に自己の身上書を提示するよりほかに道はない。
いつの日か、それが叶えられん事を。
私は祈り続けるばかりだ。