こんばんは。デラシネ(@deracine9)です。
本日は、テレビドラマ、幻の名作の第2弾。
市川森一・脚本のドラマ「親戚たち」をご紹介します。
懐かしく思われる方もいらっしゃるでしょう。
まずは、ドラマのテーマ曲。
想い出のグリーングラス
これがドラマのオープニング映像です。
「親戚たち」は、長崎県諫早市出身の脚本家・市川森一さん(以下、敬称略。)のオリジナル作品。
1985年の7月から9月まで、木曜の夜10時から13回にわたって、フジテレビ系列で全国放送されました。
ドラマの主な舞台となるのは、長崎県諫早市、つまり市川森一の故郷を描いたドラマで、メインキャストの役所広司もまた、同じ諫早市の出身でした。
このドラマは、面白いだけではなく、市川森一の郷土愛が たくさん詰まったドラマなのです。
脚本家・市川森一のこと。
ここで、脚本家・市川森一について、簡単にご紹介しておきます。
日大芸術学部卒業後、テレビの放送作家を経て、25歳のとき脚本家としてデビュー。
デビュー作は、東宝・円谷プロ制作の、子供向けのテレビドラマ「怪獣ブースカ」。
実写版で、着ぐるみの愛敬のある怪獣たちが活躍する特撮ドラマです。
当時は、テレビというものが登場し、一般家庭に普及してまもない頃で、私の家には、四畳半の居間にブラウン管の白黒テレビがあり、幼い私は夢中になって「怪獣ブースカ」を観ていました。
同世代の皆さん、いかがでしょうか?
その後は「コメットさん」「刑事くん」 「ウルトラセブン」「帰ってきたウルトラマン」「ウルトラマンA」などの子供向けドラマを書いています。
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1972年、「太陽にほえろ!」の執筆を機にして、大人向けのドラマへと舵を切ります。
そのとき意気投合したショーケンこと、萩原健一のドラマ「傷だらけの天使」のメインライターとして、26話中 8話 を執筆。
同時期に初めてNHK の銀河テレビ小説という枠で、永島慎二 原作「黄色い涙」の脚本を執筆しました。
その頃、私は小学生でしたが、これもリアルタイムで観ているのですね。
一つの下宿屋に集まって生活する、漫画家や小説家、シンガーなどを夢見る若者たちの群像劇で、これも市川森一の傑作のひとつです。
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そして 1978年、 37歳という若さでNHK の大河ドラマ「黄金の日日」の脚本を担当。
これが、大河ドラマ史上の大傑作で、ものすごく面白かった。
単に歴史を追うだけの大河ではない。
呂宋助左衛門という実在した堺の商人を主人公に据え、彼を取り巻く虚構の人物達のドラマに信長、秀吉という大物が絡んで、いわば歴史を舞台装置として描いた壮大な絵巻物でした。
それにキャストが素晴らしく、主役が現・松本白鸚(当時の市川染五郎)、脇を固めるのは栗原小巻、緒形拳、このドラマでブレイクした根津甚八、川谷拓三などです。
このドラマは、私を歴史好きにさせる、大きなキッカケとなった作品です。
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こうして一流の脚本家となった市川森一は、代表作「淋しいのはお前だけじゃない」「港町純情シネマ」「ダウンタウン物語」などを次々と執筆。
その時代の脚本家たち、向田邦子、山田太一、倉本聰、早坂暁などと並んで、視聴者が脚本家を選んでドラマを観るという、シナリオライター黄金期の一翼をなしていくことになります。
それ以前の台本書きというのは、連ドラがあったとすると、そのシリーズ全話をひとりで書くことは、まずありえないことでした。
大勢のホン書きが、他のスタッフと変わらない位置にいて、ホンの上がり具合によって放送回を分担して書いていました。
ドラマの看板はあくまでも主演俳優で、ライターは捨てゴマに過ぎなかったのです。
市川森一も、テレビドラマの世界に入ってしばらくは、そうやって書いていたのですが、次第にドラマにおける脚本家の地位が向上して、全話を任されるようになりました。
それはやはり、市川森一の少し上の世代の脚本家たちが脚光を浴び始めたからです。
脚本家の名前を冠したドラマの始まりは、NHK の土曜ドラマで、「山田太一シリーズ」の「男たちの旅路」が最初でした。
例外として、「木下恵介アワー」というドラマシリーズがありましたが、それは木下恵介が映画界からテレビドラマに転身し、すでに大監督の名声を得ていたからです。
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私は、市川森一のデビュー作から始まって、「帰ってきたウルトラマン」などの子供向けドラマ、 そして「黄色い涙」「黄金の日日」「ダウンタウン物語」などの代表作を、脚本家の成長とともに、子供から大人になってゆく過程で観ていたわけです。
大人になってから、これらの作者がすべて市川森一さんだと知って大いに驚き、これはもう市川森一ドラマに育てられたと言ってもいいくらいの運命的な作家だと思いました。
それが私にとっての市川森一なのです。
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おそらく、私と似たような市川森一体験をして脚本家になった人に、三谷幸喜や宮藤官九郎がいます。
市川森一を含めたこの三人は、全員、日大芸術学部出身です。
三谷幸喜は、「僕の体の85%は市川森一でできている」、一番好きな大河ドラマは「黄金の日日」と公言し、市川作品に出演した松本白鸚や役所広司、西田敏行といった役者を、自分のドラマや映画、芝居で、数多くキャスティングしています。
また、自身の作品「王様のレストラン」は、「淋しいのはお前だけじゃない」の大衆演劇を、フレンチレストランに置き換えて書いたもの、と語っています。
宮藤官九郎も、市川作品の「淋しいのはお前だけじゃない」が大衆演劇、借金返済、西田敏行の三要素から作られていることのオマージュとして「タイガー&ドラゴン」を落語、借金返済、西田敏行で作っています。
70年代後半から80年代に青春を過ごした芝居好きは、ほとんどが同時代に活躍した市川森一や山田太一、倉本聰、向田邦子、早坂暁などの洗礼を受けたと言っても過言ではないでしょう。
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ショーケンとの出会いが「傷だらけの天使」を生んだ。
不思議な縁と言うのか、幻の名作テレビドラマとして「親戚たち」を取り上げようと、この稿を準備しているときに、突然ショーケンこと萩原健一の訃報が届きました。
それで、前回の追悼記事を書いたわけですが、その直前に「親戚たち」の映画化プロジェクトが進んでいるということを知り、この記事に加えようとしていた矢先、映画版「親戚たち」のキャストとして、萩原健一にオファーを出していたというニュースが流れたのです。
この偶然には、驚きました。
萩原健一とは「太陽にほえろ!」を執筆した折に知り合い、「傷だらけの天使」を作って大成功を収めたことで、市川森一のキャリアを大人向けドラマの書き手としても世に知らしめた、そういう間柄でした。
そういう縁を感じてオファーを出したのでしょうが、残念なことに出演は叶いませんでした。
「市川森一の世界」の出版。
同書は昨年11月に出版され、関わり合いの深かった役者や評論家の寄稿やインタビュー、座談会により構成された一冊で、私が待ち望んでいた本でした。
執筆者及びインタビューを受けた人々は、松本白鸚、西田敏行、三谷幸喜、役所広司、三田佳子、堀川とんこう、井上由美子など、市川森一ファンには馴染みの深い名前が並んでいます。
これを読んで、初めて知ることも多くありました。
同じ諫早市の出身で、市川森一ドラマには欠かせない俳優・役所広司は、書いています。
役所広司の兄が市川と同級生で、役所広司が生まれる前から市川と役所広司一家とは親交があったそうです。それで、市川は役所広司に、お母さんのお腹にいるときから知っている、と言っていたとのこと。
当時の役所広司は、大河ドラマ「徳川家康」の織田信長役でブレイクし、翌年のNHK の時代劇「宮本武蔵」でも主演を果たし、役者としてはこれからというとき。
そのタイミングで市川森一に声を掛けられ、初めて仕事を共にし、主演したのがフジテレビの「親戚たち」です。
当時はインタビューに答えて、今まで偉い人の役が多かったんですが、今回はガラリと変わって、ひょうきん者の役です、と言っていたのを覚えています。
同郷で兄の友人である市川森一の作品に主演、それに民放初の連ドラでの主役、しかも故郷・諫早がドラマの舞台とあって、役所には最高のお膳立てが整った仕事でした。
それから、これもまたトリビアなことですが、「親戚たち」の第4話の冒頭で、楠木雲太郎こと主演の役所広司が、自分の母校であり姪に当たる未沙(高部知子)が通うミッションスクールに、野ブタを届けるというエピソードがあるのです。
ところが、この本を読むと、市川森一の通った諫早市の私立鎮西中学校では、酪農に関わりながら学ぶという教育をしていたというのです。
それで、雲太郎が得意げに、昔の母校には酪農の授業があって、学校に牧場があったと自慢するシーンは、市川森一の実体験だったのだと知りました。
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ドラマ「親戚たち」のこと。
放送されたとき、私は大学生でした。
初回の放送で、いきなりその世界に魅せられたのは、まさに、九州人を描いたドラマだったからで、田舎の親戚たちのことを思いながら、毎週観ていました。
その時の再放送以来、どんなに再びの放送を待ち焦がれたことでしょう。
ですが、待てど暮らせど再放送は無く、ソフト化されることもありませんでした。
CS 放送が世に登場してからも、私の知る限り、このドラマだけは再放送がなかったように思います。
なぜかは問いませんが、こんなにいいドラマが、と惜しまれてなりません。
脚本が素晴らしいのは勿論ですが、ドラマのプロデューサーは、倉本聰の「北の国から」や山田太一の「早春スケッチブック」などの日本のドラマ史に残る傑作を制作したフジテレビの中村敏夫さんです。
ですから、九州人が魅力を感じるのは勿論ですが、これは地方都市に巻き起こる親戚たちのひと騒ぎを描いて、誰が観ても面白い、良質な人間ドラマなのです。
本放送から40年近くもの長い間、「親戚たち」は幻の名作として、私や三谷幸喜などの一部のファンの心に生き続けて来ました。
ネット情報で、横浜市にある放送ライブラリーに行けば観られること、2013年に諫早市立図書館で上映会があったことなどは知っていましたが、全国的な再放送やメディアによる展開は、皆無だったのです。
ところが、この記事を書くために調べていたら、映画化の話が飛び出して来た。
それゆえに、市川森一ドラマに負けないくらいの映画にして欲しいとは思いつつ、それでも私にとっての「親戚たち」は、役所広司が雲太郎を、根津甚八がホームセンター・サントスの矢上社長を演じた、1985年のドラマでしかありえないなぁという想いが溢れ、ちょっと複雑な心境です。
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ストーリーの紹介。諫早市民必見!
ここからは、短い映像とともに、少しだけ ストーリーを紹介したいと思います。
まず、この動画。
これは、第3回の始まり。
ナレーターは、ドラマの登場人物の一人である高部知子。
昔、「 欽ちゃんのどこまでやるの」というコント番組がありまして、そこの三姉妹、劇中歌「めだかの兄妹」「もしも明日が・・」などのヒットを飛ばした「わらべ」の一人でした。
(ちなみに現在は何をされているかというと、慶應大学文学部通信教育課程を卒業後、精神保健福祉士の資格を取り、ストレスカウンセラーとして、講演活動をされているとか。すごいですね。)
ここでは、諫早の名家・楠木家が紹介されています。
楠木家の本家(すなわち旧家の跡取りである長男の家族のことですが、戦前の民法の家長制度はとうに廃止されていても、地方ではまだまだ、古い家柄であるほど旧習が残っていたわけです。)は、造り酒屋を商っていましたが、長男の正男(田辺靖雄)は父親の死後、造り酒屋の跡を継がずに、商店街でスポーツ用品店を営んでいます。
そこで一緒に暮らすのは、正男の母・光代(日高澄子)、妻の恵子、それに二人の子供、姉の未沙(高部知子)と弟の泰一郎です。
そして、正男の父親が雇い人の女に手を出して産ませた妾腹の子が、主人公・楠木雲太郎(役所広司)なのです。
最後にベッドの上で登場するのは、正男の父親の弟・竜造、すなわち分家の一族です。
病気の父親に寄り添っているのは、娘の伸子(手塚理美)です。
しかし、この父娘は血が繋がっていません。
伸子は、竜造の後妻に入った富子(馬渕晴子)の連れ子なのです。
そして、竜造が入院しているのは、これも親戚で、竜造の兄(すなわち本家)の娘で竜造には姪に当たる京子の婿・杉山学(篠田三郎)が経営している病院です。
その京子は、三年前に失踪したきり行方不明になっているのです。
実に旧家らしい複雑な家族構成ですが、それがこのドラマのツボでもあり、話を面白くしている要因なのです。
ここらあたりは、さすがで、第3話から観始めても十分にドラマの世界へ入っていけるよう構成されています。
想い出のグリーングラス 楠木雲太郎
それでは、ごくかいつまんで、ストーリーを紹介します。
ドラマの主役である楠木雲太郎(役所広司)は、諫早の旧家・楠木家の本家の妾腹の子で、諫早弁で「ふうけもん」と呼ばれる、おっちょこちょいの風来坊。
故郷を捨て、東京でひとり借金取りに追われて暮らしていたところを、諫早のホームセンターの社長・矢上(根津甚八)に誘われ、 矢上のもくろみの片棒を担ぐことになります。
矢上のもくろみというのは、楠木家の祖先が諫早湾の干拓事業を行って途中で頓挫してしまい、今では十万坪の葦の原となっている土地(楠木新開地)を楠木一族から買い取って、そこに一大レジャーランドを作ること。
矢上は、その目的のために、楠木家の親族である雲太郎を利用しようと考えたのです。
それから、楠木家と雲太郎、彼を操る矢上との、楠木新開地をめぐるひと騒動が巻き起こるのですが、それ以前にも、矢上と楠木家とのあいだには、浅からぬ因縁があったのです…。
さて、その因縁とは…。
ここからは、映画も公開予定ですし、テレビドラマの再放送が無いとは言えませんから、この辺でやめておきます。
このドラマの魅力は、ストーリーの面白さはもちろんですが、それだけではありません。
人の子が生まれて来た時から生じる親族への愛憎が、大きな核となっています。
それを象徴するのは、雲太郎が孤独な一匹狼の矢上に言う次のセリフ。
親戚たちていうとは、いつもお互いば比べおうて暮らしよっとですよ。
お互いの家の財産ば、子供ば、嫁ば。
俺のことも、昔からフーケ者んのツークレ者んのて言い合うては、いちいち自分たちと比べて、迷惑そうな顔しながら、その実は、ユーエツ感ば味わいよっとです。
「親戚たち」市川森一(大和書房・刊)より。
こういう想いは、多くの人が思い当たる感情で、九州人だけに限らず持っているものだと思います。
これは、そういう生活感情から生まれる、家族の物語なのです。
ドラマに滲み出る故郷・諫早への想い。
冒頭でも述べましたが、このドラマは、市川森一の郷土愛をたくさん詰め込んだドラマです。
諫早ロケと思われるシーンが数多くあって、ドラマの中に溶込んでいます。
そんなシーンを切り取って、いくつかご紹介します。
諫早市では、毎年7月25日に、諫早大水害で亡くなった人びとを追悼する万灯川祭りが開催されます。
これは、見事にその夜の模様を映像に残しています。
次の映像は、諫早に古くから伝わる「月の本明」を雲太郎(役所広司)と、スナック「蛍」のママ・順子(田中好子)が祭りの櫓の上で歌います。
月の本明 楠木雲太郎 & 木村順子
本明というのは、諫早市の中心部を流れる本明川のことです。
諫早ロケでは、大勢の諫早市民が協力して、町は大いに賑わったといいます。
櫓の周囲を踊っているのも、きっと地元の人たちなのでしょう。
次は、東京で土木作業員をしている雲太郎が、伊東静雄の詩を口にし、諫早を懐かしむシーン。
登場人物たちは、劇中で、諫早出身の詩人・伊東静雄や作家・野呂邦暢の「鳥たちの河口」を愛誦するのです。
諫早の映像は、そのほかにも、お盆の精霊流しの様子などを見ることができます。
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市川森一が遺したものは。
役所広司によれば、市川森一は「親戚たち」を撮るとき、ストーリーを動かしてゆく広大な干潟を見て、あの干潟もいずれなくなるだろうから、今のうちに映像に残しておこうと考えていたのではないか、と書いています。
その言葉どおり、1989年から諫早湾の大規模な干拓事業が始まり、潮受け堤防の水門は締め切られ、干潟は姿を消しました。
この諫早湾干拓事業は、その後漁業被害などの問題を発端に、様々な立場から、開門を求める声と開門に反対する声が上がって裁判となりました。
しかし、裁判は紛糾を極め、現在もなお問題を抱えたままとなっています。
この問題の是非はともかくとして、干潟の鳥たちの棲家は失われたこと、水門が閉められて以降、死者を出すような水害は起きていないこと、そのふたつは事実として残されたようです。
市川森一は、この諫早湾の現状を、どのような想いで天国から見つめていることでしょう。
私には、市川森一が「私は映像作家として、故郷のために自分のできることをしたまでだよ」と言っているような気がします。
いずれにせよ、広大な諫早湾の干潟を、ドラマの映像の中に遺してくれた市川森一に、私たちは感謝したいと思うのです。
稿を終えるにあたって。
今回の記事で、私は市川森一と、その作品のほんの一部に触れてきました。
そして、市川森一は、間違いなく私の人生の師であると気づかされました。
市川森一は、晩年、日本脚本アーカイブスの設立に、先頭を切って立ち向かい、日本の放送文化の歴史を後世に残すことに執念を燃やしました。
そして、その情熱がかたちとなり、現在の「一般社団法人 日本脚本アーカイブス推進コンソーシアム」として結実し、昭和期のシナリオ収集・保存活動などを行っています。
この記事も、やはり過去の優れたドラマ作品を、後世に伝えたいという想いで書いたものです。
初めてこのドラマを知り、ご覧になった映像もあったかと思いますが、そこから、これはもう是非観てみたいという皆さんの声が多く上がって、放送局を動かすことになれば幸いです。
まだまだ、ご紹介したいドラマはたくさんあります。
稿を新たに、また市川森一の語り部になりたいと思います。
最後になりますが、このたび不覚にも、根津甚八さんが、2016年に69歳という若さでご逝去されていたことを知りました。
実にクールでダンディな、大好きな役者さんでした。
心からご冥福をお祈りいたします。