こんばんは。デラシネ(@deracine9)です。
本日は、おらの「あまちゃん」論 PART 3 です。
前回予告したとおり、今回はいよいよ「あまちゃん」の物語を読み解いていきたいと思います。
まずは1曲目。
グループ魂、出てましたね、カバーズ。
そこで歌っていた、1984年のヒット曲。
哀しくてジェラシー チェッカーズ
スネに傷持つ大人たちの、癒しの物語。
「あまちゃん」は、琥珀のように重層的で、登場人物それぞれの人生があって、それぞれの立場から、ドラマを深く掘ってゆくことが出来る。
それゆえに、物語の主人公は、観る者の視点によって異なることにもなる。
今回は視聴者目線で、スネに傷持つ大人たちの大逆転の物語を見ていこう。
ここで私の語る「あまちゃん」の主人公は、天野アキ(能年玲奈)でも足立ユイ(橋本愛)でもない。
アキの母・春子だ。
さきの二人は物語の黒子であり、狂言回しとなる。
リアルな現実世界では決して登場することのない、二人の分身の出現により、春子は奇跡的でフィクショナルな癒しを体験をする事になる。
天野春子の物語。
1984年、18歳の天野春子(有村架純)は、上京してアイドルを目指すため、開通したばかりの北三陸鉄道に乗り込んだ。
それから、夢破れてのちも東京生活を続けて来た春子(小泉今日子)は、24年振りに故郷・北三陸の駅に降り立つ。
連れには、東京生活でもうけた一人娘・アキをがいる。
ここから物語は始まる。
通常の朝ドラが、ヒロインの幼少期から始まる事を思えば、しょっぱなから異例の展開である。
帰ってきた理由は、夫とのすれ違い、結婚生活への幻滅があったが、母・夏(宮本信子)との24年間の絶縁状態を、何とかしたいという内に秘めた想いがあった。
しかし、春子にとって故郷は、消したい過去に触れられる、最も居心地の悪い場所なのだ。
北鉄に乗って上京する18歳の春子役・有村架純。
高校生のときには、学内一の不良であったが、東北各地の「のど自慢」コンテスト破りで、他校の男子生徒が押し寄せるほどのルックスと歌で、ちょっとした地元アイドルだったのである。
夢破れて帰った故郷では、「腫れ物」として扱われる存在なのだ。
家出するとき、春子は地元の大人たちから観光海女の後継者として期待されていた。
母・夏は、春子が家を出ると知りながら、見送りにも来なかった。
しかも、春子のアイドルへの夢を、いったんは認めながら、地元の名士から観光海女後継の要請を受けて、態度を変えてしまったのだ。
これが、24年にも及ぶ親子断絶の元凶をなしていた。
24年振りの対面となった母と娘は、案の定、一触即発の雰囲気。
たちまち、口論の末、早々に春子はアキを連れて東京へ帰ろうとする。
もし、ここでアキが北三陸に残りたいと言いださなかったら、この母と娘はもう生涯顔を合わせる事もなかったかもしれない。
アキはかすがい。
東京の生活では、母親の春子から、「地味で暗くて向上心も協調性も個性も華もない…」とケチョンケチョンに言われていたアキだが、海女になりたいと言い出し、東京へは帰りたくないと思うようになり…。
アキは北三陸にすっかり溶け込んで、祖母・夏の生まれ変わりのように輝き出す。
春子は結局、アキに引きずられるかたちで、母・夏との空白の24年間を埋めるために、北三陸での生活を選択し、夏の営業する喫茶・リアス(夜間はスナック・梨明日)で働き始める。
「子はかすがい」とは、夫婦の関係に使われる言葉だが、春子と夏の間には、アキが縁を取り持つ役目を果たす。
アキは、春子が選ばなかった もうひとつの人生を、水を得た魚のように生きていく、春子の一人目の分身だ。
そして、もう一人の分身は、言うまでもなく、足立ユイである。
田舎が嫌いで、袖が浜の堤防の突端に「海死ね、ウニ死ね」と落書きした春子と同様、アイドルを夢見て東京に憧れ故郷を捨てようとするユイの姿に、春子はかつての自分を見出し、自分の娘のように心配する。
この相反するウラハラな二人が、数々の出来事を巻き起こし、メビウスの輪のごとく、表が裏に、裏が表になるように、春子に自分が生きたかもしれない二つの人生を追体験させていく。
その過程で、春子は多くの気づきを得て、人生の奇跡の「逆回転」を体験するのである。
2曲目。
北三陸駅の構内で、この曲の歌詞をいじって楽しむ大人たちがいた。
小泉今日子も加わっていたね。
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二人の分身の物語。
娘のアキとユイは、同い年。
二人はアキが祖母・夏の作ったウニ丼を売るために乗り込んだ北鉄の車内で知り合い、すっかり打ち解けて親友となる。
ユイは、女子のアキの目から見ても輝く美少女で、高校を出たら上京してアイドルを目指すつもりでいる。
そんなとき、アキは現役高校生の海女として、ユイはミス北鉄として、町おこしに一役かう事になる。
ユイの兄・ヒロシ(小池徹平)が町の観光協会のホームページで二人を紹介した動画が、一大ブームを巻き起こし、二人は地元のアイドル的な存在になってしまう。
過疎の町は、おかげで一躍活気を帯び、地元のテレビ局の情報番組への出演やら、ユニットを組んで北鉄のお座敷列車で歌うやらと、町おこしになくてはならぬ存在となる。
これってなによ。春子の想い。
春子は、そんな二人をどう見ていたのだろう。
かたや海女となり、自分の大嫌いだった海が大好きで、袖が浜の海女倶楽部に入り浸っている娘のアキ。
かたや、東京に憧れ、アイドルへの道のりを、自意識過剰なまでの確信を持って歩いてゆくユイ。
春子がなりたくなかった自分と、なりたくてもなれなかった自分を、双方から目の当たりにしてしまう、これってなによ、みたいな感覚。
春子は、アキが地元の町おこしのために、北鉄でウニ丼を売ったり、テレビに出たりする事に、当然のように猛反対する。
自分が嫌だった海女の真似事ならまだしも、自分がなれなかったアイドルの真似事までやってしまう娘の姿を見せられるなんて、そんな事許せる訳がない。
そして、春子の実力を持ってしても、アイドルとしてデビュー出来なかった苦い思い出がある。
それを周囲の説得を受け、期間限定で、ようやく活動を許す事に。
かっけぇ腫れ物。春子の歴史。
アキは、異常なまでの過剰反応を見せて、反対する母の心情がわからない。
春子はもちろん町の人々は、春子がアイドル歌手を目指して家出をしたという過去を「腫れ物」に触るように、避けていたのだ。
そんなときに、遠洋漁業の漁師であるアキの祖父・忠兵衛(蟹江敬三)が帰って来て、アキの誕生パーティーの最中に口を滑らした事から、アキは春子の知られざる過去を知ってしまう。
春子は、それをきっかけに、自分の葬り去りたい過去を娘のアキに話して聞かせる。
そして、祖父・忠兵衛が再び船に乗って町を出て行こうとするスナック・梨明日での送別会で、アキは春子の歌声を生まれて初めて聴く。
思わず「かっけぇ」と呟くアキ。
これまで見たことのない光り輝く春子が、アキの目の前にいる。
アキが次の目標に向かって走り始めるのは、いつもこの言葉の発せられた後だ。
この時から、アキはアイドルになりたいという気持ちを育んでいく。
その一方で、事態は急展開する。
東京の大手芸能事務所のスカウトが、密かにスナック・梨明日の常連の中に紛れ込んでいたのである。
3曲目。
潮騒のメモリー 天野春子(小泉今日子)
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春子の25年前の物語。 現在に蘇る、Take2。
春子のように、上京してアイドルを目指していたユイは、偶然、琥珀掘りの勉さん(塩見三省)の弟子になっていた水口琢磨(松田龍平)がスカウトマンである事を知る。
そこで、春子が心配していたとおりの事が起きる。
アキはもともと田舎が好きな子だからよいとしても、ユイが町おこしのPR 活動をやる事でタレント並の人気を得た状態になったら、町おこしのシンボルとなったユイを町の人びとが、快く送り出してくれるのか?
答えはやはりNO だった。
ところが春子の予想外であったのは、ユイがスカウトの目的は自分だけが目当てなのではなく、アキとセットなのだと気づき、一緒に東京に行ってアイドルを目指そうと、アキを誘った事である。
アキもまた、ユイとの友情に加え、春子の歌声を聴いたときから芽生えた、アイドルになりたいという夢に共鳴する。
かくして、二人の北三陸脱出作戦が敢行される。
1度目は、ユイひとりがオーディションを受けるために、スカウトの水口と計画するも、町の人々に発覚し、失敗。
2度目は、アキとユイが芸能事務所社長(古田新太)に会いたいと直々の電話を受け、深夜バスで東京行きを図るも、町内袖が浜止まりのバスに乗ってしまい、失敗。
二人の深夜バス逃亡事件の後、大人たちの前で釈明を求められる二人。
ここに至って、25年前、春子18歳のときと、まったく同じシチュエーションが作り出された。
町のために自分を犠牲にするか、自分の夢を求めて故郷を捨てるか…。
温度差はあるが、アキとユイの心は決まっている。
二人で東京へ行き、アイドルを目指すのだ、と。
町の連中と二人の東京行きを認めるか否かで議論が沸騰するさなか、夏は言う。
どいづもこいづも、自分のごどすか考えでねえ。もう充分だべ。
こごらで、 2人に恩返しするのが筋でねえのが。
若え2人の未来を、欲の皮の突っ張った大人が犠牲にしちゃなんねえ。
そうだ。この言葉こそ、18歳の春子が上京するときに夏に言って欲しかった事なのだ。
春子は、すぐに反応する。
いい事言うわ、さすが夏さん、立派。
今の言葉、私が出て行くときにも言ってくれたらよかったのに。
来たじゃない、家に。欲の皮の突っ張った大人が。
あの時、今みたいに立派なこと言ってくれたら、ぜんぜん違う人生だったよ。
春子は、いまいましい口調で言い放つ。
アキと春子。屋根裏部屋の対決。
その夜。
春子はアキと、春子が18歳まで使っていた屋根裏部屋で話し合うことにする。
アイドルを目指しても、不幸になるだけ。
だから娘をそんな世界に送り出したくない。
春子の想いはそれだった。
のちに明らかになる事だが、春子が歌手デビュー出来なかったのは、芸能界で味わった辛酸のせいだった。
知人の芸能事務所の人間(古田新太)から、「潮騒のメモリー」という映画で女優デビューする鈴鹿ひろ美(薬師丸ひろ子)の同名タイトルのデビュー曲を、本人があまりに歌が下手なために、代わりに歌ってくれないかと依頼を受けたのだ。
春子は、それを承諾し、レコーディングを行った。
それが鈴鹿ひろ美の歌う「潮騒のメモリー」として発売され、大ヒット。
結局、鈴鹿ひろ美の声として世に出てしまった春子は、鈴鹿ひろ美の影武者として、芸能生命を絶たれる事になった。
それが、家出をしてまで春子が憧れた芸能界だった。
しかし、春子の説得にも関わらず、アキはあきらめようとはしない。
それをはね返すように、自分の想いを訴えかけてくる。
なぜ、アイドルになりたいのか?
アキには、ユイからの誘いに引き摺られただけではない理由がある。
4曲目。
春子の屋根裏部屋の、肩パッドの男。
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蛙の子は蛙?
春子の説得にも関わらず、アキはあきらめようとはしない。
それをはね返すように、自分の想いを訴えかけてくる。
そして、アキがアイドルや芸能界に憧れを抱くキッカケになったのは、 春子が祖父・忠兵衛の送別会のときに歌った、春子の歌う「潮騒のメモリー」を聴いてからだと明かすに及んで、春子は考え込んでしまう。
やはり蛙の子は蛙なのか…。
もう自分ではわからなくなってしまった…。
夏に相談しよう…。
屋根裏部屋から降りて、春子は夏を探す。
夏は、布団の上で寝ている。
またも、1984年の夏がフラッシュバックする。
寝たふりをして、応えようとしない夏。
出て行こうかと悩んでいるのに、返事をしてくれない夏。
またか…と、あきらめて夏の部屋を出て行こうとすると、
「待で…」
夏は起き上がり、隣の居間に入って、ちゃぶ台越しに、春子に向き合う。
これは初めての事だ。
夏の心に秘められた、25年間の物語。
タヌキ寝入りの夏が、自分と正面から向き合っている。
いつもとは違う調子で、とつとつと話し始める。
25年前の、あの夜。
北鉄の開通を翌日に控え、娘が家出をしようかと迷っていた夜に、本気で話しかけていた春子と向き合う事をしなかった。
そんな自分を後悔している…。
地元のため、欲の皮の突っ張った大人のために、大事な娘の将来を犠牲にしてしまったことを…。
25年間、娘の顔を見るのも辛いほど、ずーっと、ずーっと悔やんでた…。
そう告白して、夏は春子に向かい、深々と頭を垂れる。
すまねがったな、春子。
25年かかった。この通りだ、許してけろ…。
悔やんでいた、という言葉あたりで、春子の目元から、スーッと大粒の涙が頬を伝って流れる。
謝って欲しかったのか、あたし…。よくわかったね。
春子は、ようやく気づきを得る。
春子も夏も、25年間のわだかまりが、スーッと抜けて行く…。
こんがらがった糸のほぐれた瞬間である。
北三陸編・最高の名場面。
この第70回の15分のために、それまでの69話はあったのかと思わしめるほど、小泉今日子と宮本信子の演技は素晴らしい。
夏の短いセリフを、大きく深呼吸をしつつ、全身で絞り出す宮本信子。
春子の極まった感情のすべてを、表情と仕草で体現する小泉今日子。
そして、二人の顔をアップで相互に切り返すという演出を行った井上剛の、二人の演技力への全幅の信頼がこのシーンを生み出した。
(「NHK ステラ あまちゃんメモリアルブック」 参照。)
ここは、絶対見ないと損だと思わせる、北三陸編のクライマックスである。
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5曲目。
ユイがスナック・梨明日で初めて披露したのがこの曲。
時をかける少女 原田知世
朝ドラ「半分、青い。」では、律(佐藤健)の母親・和子を演じた原田知世。
当時、角川映画の2本立で公開された同名映画で女優デビュー。
同時上映は、薬師丸ひろ子の「探偵物語」だった。
二人とも同名映画の主題歌を歌い、大ヒットした。
「あまちゃん」では、これが薬師丸ひろ子演じる鈴鹿ひろ美の役柄に通じる。
もうひとつの奇跡。 夏の大漁旗。
25年を経て訪れた親子の和解、雪解け。
さらに、春子は信じられない事実を知ることになる。
春子はアキのアイドルへの道を許し、芸能事務所との契約を済ませ、いよいよアキとユイの旅立ちの日がやって来る。
アキを北鉄のホームから送り出した後、スナック・梨明日で春子はつぶやく。
でも、幸せだよあの子たち、みんなに祝福されて。私なんか、誰も見送りになんか来なかったよ。
その言葉に反応したのが、勉さん。
…お母さん、いたんだよ、あの日。ホームじゃなくて、浜で。
春子に衝撃が走る。
勉の話によると、夏は春子が乗った北鉄に向かい、大漁旗を振って見送っていたという。
春子は車掌の大吉(杉本哲太)に話しかけられるのを嫌い、海側の席を離れたために、夏に気づかなかったのだ。勉さんは、夏に口止めをされ、黙り続けていた。
ずっと恨んでた…もし母さんが笑顔で送り出してくれてたら、ずいぶん気が楽だったのにって。
春子は、25年ものあいだ、母が見送りにも来なかったと誤解していたのである。
その頃、アキが乗った北鉄が、夏が待ち構える浜へ差し掛かる。
そこで再び夏は、大漁旗を振っている。
アキは夏の姿を捕らえた。
車窓を開け、夏の声援に応え、精いっぱい手を振り、声を上げる。
アキぃー、辛くなったらけえって来いよーーー。
25年前と違い、夏の表情には笑顔がある。
アキに救われたのは、春子だけではない。
もちろん、夏もである。
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最後の曲。
小泉今日子のファンだったというクドカン先生に捧げます。
ひとり街角 小泉今日子
ここまで北三陸編を、春子の視点から読み解いてきた。
いささか、ストーリーを追いかけすぎたキライはあるが、この時間軸の入り組んだ長大な物語を、ひとりの人物の視点で語り直し、感動を新たにしてもらうためには、これだけの言葉が必要だった。
ドラマはこのあと、東京編に入るのだが、まだまだ春子のスネの傷は、癒えたとは言えない。
現実では、母親との和解だけでも奇跡的な事だが、春子が東京で負った傷口を、さらに癒してくれるのが、「あまちゃん」のすごいところだ。
さらに続く、おらの「あまちゃん」論。
次回は、スネに傷持つ大人たちの癒しの物語(後編)です。