こんばんは。デラシネ(@deracine9)です。
本日は、映画「死刑台のエレベーター」をご紹介します。
ストーリーと見どころ。
週末のパリのオフィス街。
元フランス軍中尉で商社マンのジュリアンは、上司たるカララ社長を殺す。
女性秘書をアリバイに使い、ビル内での完全犯罪は成功したかにみえた。
これから愛人のカララ夫人と落ち合うため、愛車に乗り込んでエンジンをかけたときだ。
ジュリアンは、ビルに物的証拠を残してきたことに気づく。
慌ててビルへ駆け込むと、オフィスに戻ろうとエレベーターに乗り込んだ。
突然、ガクンと音を立ててエレベーターは停止し、ジュリアンは閉じ込められてしまう。
ビルの管理人が、無人になったはずのエレベーターの電源を落としたのだ。
エンジンをかけたままの車は、彼の挙動を見ていた若い男女に盗まれる。
彼等は行き先のモーテルで外国人夫妻を殺害し、ようやくエレベーターを脱したジュリアンは、外国人夫妻の殺人容疑で取調べを受ける羽目に。
しかし、自分がエレベーターに閉じ込められていたことは決して言えない…。
ファーストシーン。
カララ夫人を演じるジャンヌ・モローの顔そのものが画面いっぱいに映し出される。
これは、カララ夫人、ジャンヌ・モローが物語の中心であることを告げるものだ。
彼女は、ジュリアン(モーリス・ロネ)に電話口で話しかける。
ジュテーム。
愛している。
二人は、互いにそれを繰り返す。
やがて決行されるジュリアンの、カララ殺害の意思を確かめ合うように。
約束したカフェで、カララ夫人はジュリアンを待っている。
だが、ジュリアンはやって来ない。
カララ夫人は、夜のパリの街をさすらい歩く。
ジュリアンの居場所を求めて。
映画の全編を通してバックに流れるのは、マイルス・デイビスのJAZZ 。
カララ夫人の愛惜、失意、困惑、焦燥、猜疑…。
それらの感情を、夜の帷が包み込み、気だるい音楽が伴奏する。
この彷徨するジャンヌ・モローの姿が、映画の印象を、最大限アンニュイで不条理な悲劇に仕立てている。
私はこの映画のサントラ盤を、若い頃から繰り返し聴いた。
人生の伴奏曲だったと言ってもいい。
死刑台のエレベーターのテーマ
映画監督、ルイ・マルの出世作。
この映画を撮ったとき、ルイ・マルは 25歳。
フランス有数の実業家を父に持ったマルは、高等映画研究所を出たあと、ジャック・イヴ・クストーの海洋映画「沈黙の世界」の撮影に参加する。
海に沈めた檻の中で、獲物を食い千切るサメの水中撮影などを体験した。
カンヌ映画祭でパルムドールを受賞した「沈黙の世界」では、クストーと共同監督としてクレジットされ、知名度を上げた。
その後、プロデューサー・ジャン・ティリエと協力、新時代の映画作りを企図して本作を監督した。
この制作を可能としたのが、父親の提供する潤沢な資金にあったことは言うまでもない。
失敗すれば、金持ちの息子のお道楽と見られて、終わってしまう状況だった。
マルは、発表されたばかりのノエル・カレフのサスペンス小説を大胆に脚色。
映画的で斬新な演出技法を駆使して、新時代の幕開けを告げるにふさわしいサスペンス映画を創造した。
その映画センスは明らかに、数年後にフランス映画界を席捲するヌーヴェルバーグの作家たちと通底する何かを持っていた。
撮影のアンリ・ドカエは、その後のヌーヴェルバーグの作家たちに重宝された。
ルイ・マル作品のほか、フランソワ・トリュフォー「大人は判ってくれない」、クロード・シャブロルの「いとこ同志」などの撮影を担当する。
私が特に素晴らしいと思うのは、ジュリアンの取調室でのシーンである。
背景は、まったくの暗闇に塗りつぶされている。
漆黒の世界に、浮かび上がる刑事と被疑者。
それを囲む卓、書記とその前に置かれたタイプライター。
一幕の演劇のように彼等は動き、立ち回る。
それがいかにもスタイリッシュで、新鮮な息吹を映画に吹き込んでいる。
これは、モノクロームだからこそ、素晴らしいシーンとなった。
刑事役には、リノ・ヴァンチュラと、シャルル・デネル。
リノ・ヴァンチュラは、四角い顔立ちにズングリした猪首の持ち主。
パルマ出身のイタリア人で、若い頃はプロレスラーをやっていた。
シャルル・デネルは、尖った鼻骨と下顎で、エキセントリックな顔立ち。
ポーランド生まれのユダヤ人で、ヌーヴェルバーグの名監督たちの作品に数多く出演した。
(のちにシャルル・デネルは、フランソワ・トリュフォーの「恋愛日記」で主役を演じる。)
フランス・ヌーヴェルバーグとは?
1950年代初め、フランス映画界は沈滞ムードの中にあった。
その頃、映画への情熱に満ち溢れた若者たちが、シネマクラブに集い、古典から新作までの映画を貪欲に吸収し、議論を戦わしていた。
いつの時代も、旧態依然の現状に異議を唱えるのは、若者たちの特権である。
彼らには、戦中、戦後を支えてきた、いわゆる「巨匠」達のフランス映画が、映画産業の枠に囚われ、いかにも窮屈な鋳型に嵌っている、そう思えたのだ。
そして、数年のうちに、シネマテークの友情によって育まれた若い映画批評の書き手が、1959年前後に、揃って鮮烈な長編映画デビューを果たした。
フランソワ・トリュフォー「大人は判ってくれない」、
ジャン・リュック・ゴダール「勝手にしやがれ」、
クロード・シャブロル「美しきセルジュ」「いとこ同志」、
エリック・ロメール「獅子座」、
ジャック・リヴェット「パリはわれらのもの」…。
彼らの映画作家としての個性はあまりにも強烈だったので、各自の作品の底辺に共通した映画理論があったとは思えないほどだ。
1954年、トリュフォーが映画作家となる前に発表した批評「フランス映画のある種の傾向」は、映画理論というよりは、むしろ彼等若手批評家が、フランス映画界に送った果し状のようなものだった。
仮に、初期の彼らの作品に通底するものを挙げるとすれば、
①映像のセミ・ドキュメンタリー性や演出の即興性
②スタジオ制作に捉われない屋外ロケの多用
③ひとりの映画作家の個性をとことん追求する作家主義
などがある。
①②については制作技術的なもので、ある程度意識的だったかもしれない。
しかし、③の作家主義については、むしろ彼等新進の若手作家たちの個性をより先鋭化する二律背反の役割を果たした。
彼等が規範としたのは、映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ」の編集者・アンドレ・バザンの批評と、すでに中堅作家であったアレクサンドル・アストリュックが1948年に発表した「カメラ=万年筆」の理論だった。
特に「カメラ=万年筆」理論は、映画は制作会社のものではなく、個人の万年筆のようにそれぞれの映像をしたためる、映画作家個人のものであるという「作家主義」に理論的根拠を与えた。
それは、やがて映画作家たらんとする若者たちの、野心の表現でもあった。
ヌーヴェルバーグは、フランス映画の製作過程や産業構造を根底から覆す、映画史上の革命だった。
友情というネットワークで結ばれた若き映画人たちが、その革命を一気呵成に成し遂げた。
その特筆すべき映画史の激動を生み出したフランス映画は、再び輝きを取り戻した。
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埋もれた傑作サスペンス。ノエル・カレフの原作小説。
ここからは、映画と原作小説の関係に触れておこう。
私は、この記事を書くため、ノエル・カレフの原作を初めて読んだ。
映画と原作がずいぶんと違っているということは、漠然と知っていた。
原作をいかに、ルイ・マルが脚本に取り入れたかが、知りたかった。
最初に読み通したときは、やはり映画の方が数段素晴らしい、と率直に思った。
だが、末尾の解説を読み、もう一度小説としての出来を考えながら、じっくり読み込んでみた。
そこには、映画とは別物の、唸るようなサスペンスと結末が潜んでいた。
ここからは、映画と小説のネタバレを含んで書いていこうと思うので、双方の面白さを知りたいと思う方は、まず原作を読んで頂き、のちに映画を観てほしい。
(原作はすでに絶版となっているため、中古本を買うか図書館で探すかしかない。)
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なぜ最初に読み通したときは、つまらないと思ったのか?
おそらく長い間映画のみを観てきた先入観が、フィルターとなっていたせいだ。
だが、小森収氏の解説を読んで、もう一度よく読んでみようと思った。
①映画と小説の相違点。
映画も小説も、ストーリーはほぼ同じだ。
愛する女との幸福をつかむために完全犯罪をもくろんだ男が、思わぬ手違いでビルのエレベーターに閉じ込められ、その間に車を盗んだ若いカップルが犯した殺人の罪を着せられる…。
ただ、映画と小説では人物設定が大きく違っている。
映画のカララ夫人は、小説には登場しない。
小説で、ジュリアンの愛する女は自分の妻だ。
小説のジュリアンは不倫相手の夫を殺すのではなく、自分を苦しめる高利貸しの男を殺す。
ジュリアンは、高利貸しだけでなく、妻の兄の資産をも詐欺まがいのことをして掠め取っていた。
そこで原作小説は、ジュリアンとその妻、妻の兄夫妻の人間模様を緻密に描写する。
また、ジュリアンの車を盗むカップル像もかなり異なる。
小説では、一方は実存主義かぶれのインテリの出来損ないのような男で、恋人の女は男の言動にしょっちゅう振り回されている。
その上、男の子供を孕んでいるのを、なかなか告白出来ないでいる。
小説家は、若いカップルの挙動にも多くの筆を割き、ありふれてはいるがリアリズムに徹した人間ドラマを展開させる。
若い男に殺されるのは、映画ではドイツ人夫妻となっている。
だが小説では、ブラジル人の男とフランス人の女という訳ありの男女で、女の母国フランスにキャンピングカーで帰って来たという設定だ。
この夫婦関係も複雑で、作者は二人の過去の悲劇を匂わせ、緻密な描写に余念がない。
そして、離れ離れになったところを、金欲しさに近づいて来たエセインテリの若い男に殺される。
また、映画には登場しないモーテルの経営者夫妻も、中年男女の下世話な出歯がめ振りで、さもありなんというリアリズムに徹して描かれる。
死刑台のエレベーター de Louis Malle (1957) - Unifrance
②ルイ・マルの場合。
ルイ・マルの立場で、この原作を読んだとしよう。
まず映像化したいと思わせるのは、完全犯罪のあとに男がエレベーターに閉じ込められ、その間に自分がやっていない罪を被せられるという秀逸なアイデアだ。
ここが観客を虜にするのは疑い得ない。
映画では、完全犯罪に失敗した男女と、その失敗の構図を、揺らぐ情念と豊かな映像美と音楽でたっぷりと魅せ、あっと言わせる結末を用意すればよい、と考えるだろう。
その点を考えると、90分少しの尺では十分過ぎる。
この脚色は、完全犯罪をもくろんだ男女の行く末を知りたいという観客の立脚点からも理に適っている。
観客は、必ずや主人公のカララ夫人とジュリアンに感情移入し、この悲劇にいかなる結末が待っているかを見届けたい欲求が渦巻いているからだ。
小説にある妻と義兄夫妻との関係も、車泥棒の若い男女関係の機微も、モーテルの下世話な経営者夫妻のお喋りも、ブラジル人とフランス人の訳ありで深刻な夫婦関係も、すべて余計なものでしかない。
そこで考えるのは、こういうことだ。
物語の中心を、ジュリアンとカララ夫人の完全犯罪とその失敗の過程に限定する。
殺人の動機を不倫の絡んだ社長殺しとする。
若い男女も、直情傾向で未成熟な、不良少年少女とする。
あとは、ラストのどんでん返しを決めればよい。
真実を照らしてくれる、決め手となる小道具が、車の中にあった超軽量の小型カメラだ。
すべては、映画のプロットをわかりやすく面白くして、映画として成功させるためだ。
要するに彼は、サスペンスとは無縁なリアリズムの会話劇を排除し、ミステリーの核心部分だけを映画の骨格に据えた。
③原作者・ノエル・カレフの場合。
一方で、カレフの小説の意図は、その真逆だった。
完全犯罪はほころびを見せるどころか、完全犯罪自体が男の冤罪を証拠づける手助けをする。
裏切られたと思い込んだジュリアンの妻とその兄夫妻も、若い男女の犯罪後の行動も、モーテルの経営者夫妻も、それまで描かれたすべてがジュリアンに不利に働く。
映画では削られた多人数の複雑な会話劇が、最後にはジュリアンをして、外国人夫妻の殺害犯としての証拠を突きつける。
無実の罪であることを証拠立てる扉は、どんどん硬く閉ざされていく。
ジュリアンは当初、外国人夫妻の下手人がそうそう捕まらないはずはないと楽観視していた。
しかし、事態は悪化をたどるばかりで、反論の気力さえ失うに至る。
ついには、この二つの殺人事件の真実をすべて知る者は、誰もいないまま、結末を迎える。
ジュリアンを除くすべてのお喋りな人物は、彼を犯していない罪の罪人に追い込んでいくための伏線だったのだ。
完全犯罪に始まり、偶然の重なりあった人間関係の綾によって、犯罪者に仕立て上げられた男を同時進行で、サスペンスとして描く。
これが、原作者、ノエル・カレフが描こうとした新しい犯罪小説だった。
完全犯罪の穴をさらして真実を明るみに出すよりも、多面的な人間の真実を捉え、現在進行形で、ジュリアンを取り巻く状況を冤罪に持っていく方が、はるかに優れた技量を要すると思われる。
これがこの小説の野心であり、カレフはそれに成功した。
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④映画と原作小説がたどった不幸な事例。
いずれにしても、表現の特殊性を存分に生かした作品という意味では、映画と原作のどちらが優れているかと判じるのは、不毛でしかない。
実際に惜しいのは、小説が世に出ると、すぐさま映画化されたことだ。
映画の方があまりに有名になり、原作小説は正当な評価を得る前に、その機会を失ってしまった。
原作者にとっては、映画化という成功の証しが、逆に作品に不幸をもたらした一例であるとも言えよう。
最後に、原作者、ノエル・カレフの略歴を紹介して終わりたい。
カレフは、1907年生まれのブルガリア人。
ヨーロッパ各地を渡り歩いた後、パリに定住。
本作と同年に処女作「その子を殺すな」というサスペンス小説を発表した。
主な著作には、大事なところでフランス人でない人物が登場するとのこと。
これも自分が外国人であるという意識が働いたものかと想像される。
1968年没。
日本語で読める「世界ミステリー百科」などに、カレフの名は見当たらない。
(以上、略歴は原作の「解説」を記した小森収氏の文に拠った。)
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