こんばんは。デラシネ(@deracine9)です。
山田太一ドラマの中でも屈指の名作、最高傑作の呼び声も高い「早春スケッチブック」をご紹介します。
これまで数回の再放送だけで、配信もされてこなかった幻の名作です。
この記事では、このドラマがどのようにして制作されたのか、
なぜ配信もなく、知られざる名作となったのか、
その舞台裏に迫ります。
山田太一ドラマの名作中の名作…。しかし、認知度が低い理由。
このドラマは、数ある山田太一作品の中でも、
燦然と輝く最高傑作と言っても過言ではない。
私は、そう思っています。
このDVD 、シナリオ本のAmazonレビューを読んでみてください。
このドラマが、いかに人々の心を揺さぶる名作であるか。
わかって頂けると思います。
観た人の評価は、ものすごく高いのです。
そのわりには、あまりに知名度が低く一般には知られていません。
この事実が、この異色ホームドラマの特性を物語っています。
その高い評価と裏腹に、ドラマの配信もなく再放送も数回だったのです。
初回放送は、1983年1月〜3月。
(私は、リアルタイムで観ました。)
1回目は、制作したフジテレビ系列局が、
その頃のあるあるで、初回放送の半年くらい後に、夕方4時頃に再放送しました。
これは当時のドラマ放送の決まり事って感じで、
どの新作ドラマでも同じように、夕方枠で再放送です。
その後、山田太一作品は「ふぞろいの林檎たち」の大ヒットにより、大きく注目を集めるようになりました。
しかし、なかなか放送は無く、次の再放送はなんとNHKでした。
ユリイカ 2024年4月号 特集=山田太一 ―1934-2023―
当時(1992年頃)は、BS 放送の草創期。
BS アナログ時代で、視聴には屋外にデカいBS アンテナを取り付ける必要がありました。
それゆえ、視聴者もそれほど多くはなかったためでしょうか。
NHK が先駆けてBS 放送を開始したため、当時の企画にはかなり自由度が高かったのだと思います。
「山田太一の世界」という特集が組まれ、1ヶ月ほどにわたり、山田さん自身の出演による対談や、往年の名作が放送されました。
その特集の目玉と言うべきドラマが、「早春スケッチブック」でした。
これは、山田さんの強い要望により実現したということです。
フジテレビ制作で12回の連続ドラマを、
NHKが丸ごと放送するという、
異例の出来事でした。
このときに再放送されたドラマで、NHK以外のドラマは、これだけだったように記憶しています。
それほど、山田さん自身にとっても最も多くの人に観て欲しかった作品だったのです。
それから時を経て、2004年。
翌年のDVD 発売に合わせて、初めてフジテレビが CS 局で再放送。
ですが、発売からまもなくして絶版となります。
そして2010年代後半。
CS の日本映画専門チャンネルが山田太一作品の枠を作り、4度目の再放送。
その後、BS 12 が「沿線地図」「想い出づくり」と合わせて、5度目の再放送。
そして現在。
2025年3月から、日本映画専門チャンネルが、
山田太一さんの没後1年の企画として、放送しています。
6回も再放送されているなら、十分過ぎるではないか?
そう思われる方もいるでしょうが、今のサブスク時代にあって、動画配信は、一度もされていないのです。
これには、やはり曰く言い難い理由があるのではないか…。
私はそう思います。
優れた芸術作品としてのドラマを作り続けることの難しさ。
私は以前このブログで、優れた芸術の本質について書いたことがあります。
優れた芸術は、人間性のあらゆる側面に光を当て、
人間とはどういうものか、
生きるとは何か、死とは何か、
それを自己の表現のスタイルで、
作品として結晶化させる事を
本分とします。
ですから、旧態依然の社会通念上の道徳や
モラルをいったん破壊して、時代と共に
移り変わってゆく人間の新しいモラルや
道徳を築く礎となる。
それが、芸術作品の本来の役割なのです。
古い道徳やモラルへの反逆自体が、人間社会への愛情なのです。
「放送禁止歌の名作選 PART2」より。
これは、テレビドラマというメディアの本質と大きく関わっています。
テレビは、高度成長期の日本のお茶の間に普及したメディアです。
放送される番組は、CM を提供するスポンサーに制作費を依存して成立するものです。
(NHKを除く。)
そのスポンサーの費用対効果を測るものが、視聴率です。
テレビドラマといえど、当然その枠組みの外には存在し得ません。
ゆえに、大衆にどれだけ受け入れられるかが、良し悪しの基準となりがちです。
ブラウン管の向こうにいる視聴者にとって、
観ていて心地よいもの、
平安を得られるもの、
聴き流しでも楽しめるもの、
そういうドラマが価値あるものとされる傾向にあります。
これは、テレビという大衆消費社会のメディアとしての必然であり、宿命とも言えるものです。
しかるに、山田太一さんがこのドラマで企図したものは、
「一般庶民の生活にツバを吐きかける」ドラマを創ることでした。
もともと山田太一ドラマは、その芸術性の高さにおいて評価され、
その存在価値を高めてきたと言えるでしょう。
芸術とは現状のモラルを否定し、新たな価値観を創造し、提示してこそ価値のあるものです。
元来テレビ局は、いかに民間放送とは言っても、マスメディアとして、芸術性の高いドラマを作るという公共性を持っています。
また、大衆に受け入れられやすいものを作って、視聴率を取りスポンサーからの利益を確保するという、企業としての利潤追求も、していかなければいけません。
つまるところ、テレビ局は二つの相反する価値観の狭間で、ドラマ制作をするほかはないのです。
しかし、現実はどうかと言えばー。
発注側は、「よきテレビドラマ」なんか求めてないんです。
それは驚くほどそうなの。
何を求めているのかと言えば、もうこれは切実に視聴率だけなんです。
少なくともプロデューサーの上にいる人あたりからは、ゾッとするほどそうです。
日本人の「文化」とか「意識」とか「感受性」とかになんらかの責任のある仕事をしているなんて気持ちは
「え?そうなの」って思うほど少ない。
山田太一・著「街で話した言葉」より。
山田太一さんの仕事とは、
この「責任のある仕事」をまっとうするための闘いだった。
そう言っても過言ではないと思います。
山田さんは続けて言います。
それにも関わらず、
視聴率稼ぎでない作品が、
時折にせよ出てくるのは、
プロデューサーやディレクターに、
そういう「志(こころざし)のある人が
いるからなんです。
そして、それは大切にすべきものだと僕は思う。
山田太一・前著より。
山田さんは、1973年「それぞれの秋」による芸術選奨新人賞受賞以来、芸術としてのテレビドラマを作り続けたことで、評価を得て来ました。
山田太一ドラマの強みは、そこにありました。
「志」あるドラマ制作者との仕事。
山田さんは、志あるドラマ制作者との仕事をやり通すことで、脚本家として、視聴率に踊らされず、秀れた作品を描き続けることができた。
私はそう思います。
その一人が、フジテレビのプロデューサー・中村敏夫さんです。
「早春スケッチブック」は、山田太一さんと「北の国から」を制作したフジテレビのプロデューサー・中村敏夫さんの、奇跡のタッグによって生まれました。
「早春スケッチブック」の2年前、金曜夜10時。
TBS が、山田太一・脚本の「想い出づくり」。
フジテレビが、倉本聰・脚本の「北の国から」。
その2つが同時間帯での放送という、すごい時代でした。
その「北の国から」を制作した中村敏夫さんが、山田太一さんに、
いま一番書きたいものを書かないか。
受けて立つから。
そう言って制作されたドラマ。
それが「早春スケッチブック」です。
小市民の生活へ、罵声を投げつけるドラマ。
山﨑努が演じる沢田という男は、平凡な家庭を営む家族に向かって、
おまえらは、骨の髄までありきたりだ。
と言い放ち、小市民の生活を真っ向から否定する言葉を投げかけます。
その類のセリフは、まだまだたくさんあります。
何かを、誰かを深く愛することもなく、何に対しても心からの関心を抱くことが出来ず、ただ飯を喰らい、予定をこなし、習慣ばかりで一日を埋め、下らねえ自分を軽蔑することもできず、俺が生きてて何が悪いと開き直り、魂は1ワットの光もねえ。
亭主と子供と幸せに暮らしてるだと?
掃除して、洗濯して、飯つくって、退屈な亭主と暮らして幸せなわけがないじゃないか。
人間てものはな、もっと素晴らしいものなんだ。自分に見切りをつけるな。
人間は、給料の高を気にしたり、電車がすいてて喜んだりするだけの存在じゃあねえ。
大和書房刊行・山田太一「早春スケッチブック」より引用。
ドラマでは、山﨑努演じる男が小市民的生活を営む家族に対し、なじり詰め寄るように、これらの言葉を投げつけるのです。
しかし、テレビの前で観ているのは、9割9分が平凡な暮らしをしている一般市民です。
そんな自分の神経を逆撫でするようなドラマを、誰が好き好んで観るでしょうか?
自分たちの当たり前と思っていた常識を、真っ向から否定されて、喜ぶでしょうか?
結果、視聴率は平均 7.9% と惨敗しました。
そこで敗れたドラマは振り向きもされない、テレビはそういう世界です。
それゆえ、そんな低視聴率のドラマは、再放送も、配信もされなかったのでしょうか?
しかし、このドラマを通して観た視聴者には、決して忘れ得ない感銘を与え、以降、延々と語り継がれるドラマとなっていきました。
ドラマは観られなくても、単行本化が3回、文庫化が2回。
読まれるドラマであり続けています。
ドラマのレビューやストーリーの紹介は、PART2 に続きます。
その時あの時の今: 私記テレビドラマ50年 (河出文庫 や 32-2)