こんばんは。デラシネ(@deracine9)です。
本日は、「パンデミックに思う神の不在」と題してお送りします。
新型コロナウィルスが、再び猛威をふるい始めた。
その昔、人類は災害や疫病の流行のたびに、それを神の怒りと畏れ、おののいた。
天罰、devine punishment であると。
それゆえ、人びとは各々の行いを顧み、自分たちの何がいけなかったのかと、襟を正し、神にゆるしを請うた。
現代人は、そのような態度をすっかり忘れてしまっている。
ただ、自らを被害者とのみ信じ、反省することはない。
太宰治の「思い出」という処女作に、こんなくだりがある。
幼い頃の太宰が、たけという乳母に、お寺に連れて行かれる話である。
たけは又、私に道徳を教えた。
お寺へ屡々連れて行って、地獄極樂の御繪掛地を見せて説明した。
火を放けた人は赤い火のめらめら燃えている籠を脊負わされ、めかけ持った人は二つの首のある青い蛇にからだを卷かれて、せつながっていた。
血の池や、針の山や、無間奈落という白い煙のたちこめた底知れぬ深い穴や、到るところで、蒼白く痩せたひとたちが口を小さくあけて泣き叫んでいた。
嘘を吐けば地獄へ行きこのように鬼のために舌を拔かれるのだ、と聞かされたときには恐ろしくて泣き出した。
太宰治「思い出」より。
私はなにも、道徳教育の必要性を主張しているわけではない。
明治、大正くらいの生まれの人ならば、特定の宗教を奉じずとも、このような素朴な道徳感情を、必然的に宿していたのである。
宗教は、なぜ生まれたか?
それは、古代人の立ち位置から世界を眺めてみれば、明らかであろう。
この世は、謎に満ちていた。
なぜ、陽の光は出でて、沈むのか?
なぜ、人は生まれ、死ぬのか?
世界の果ては、どこにあるのか?
風はいずこから吹き、雨はいかにして地上へ降り注ぐのか?
それは、人間わざではない。
超越した何者かが、この世を創りたもうたのではなかろうか?
そうして、人びとはそれぞれの住む地上に見合う、神という超越者を生み出した。
神が創り出した世界であれば、その意思によって、壊すこともたやすいはずである。
超越する者は、時に怖るべき破壊を人びとの暮らしに与えた。
大いなる自然は必ずしも優しくなく、むしろ怖るべき脅威であった。
疫病や飢饉、災害は、人びとを苦しめ、生命を奪った。
それゆえ、人びとは地上に食糧をもたらし、生きながらえる自然を育む者を敬い、畏れた。
古代の人びとは、生きるために、人間を超える力の存在を、嫌というほど思い知らされた。
それゆえに、自分たちを救い、慰撫してくれる、大きな力の存在を崇める必要があった。
宇宙の創造をオトにしたかのような、スケール感のある名曲。
ジェラシー Mr.Children
古代エジプトの壁画。メトロポリタン美術館所蔵。
現代人における神の不在。
それにひきかえ、現代人はどうだろう。
自己を超越した者への畏れなど、今や持っていないに等しい。
とりわけ、無宗教と言われる日本人は、その傾向が顕著である。
科学技術の進歩は、世界の存在はおろか、大宇宙の闇までも照らし出そうとしている。
誰も、雨が降ること、雪が降ること、昼と夜があることに、疑問を持ったりはしない。
すべては気象データが解析してくれる。
それは、科学の進歩の負の側面である。
その恩恵を受けて、人類は今の繁栄を手に入れた。
そのかわり、さかしらな叡智は、人類を傲慢にした。
すべては科学技術の力で解決できると、大きな勘違いをすることになった。
それゆえ、人は災害も疫病も人知で克服できるかのような錯覚を抱いている。
人間は、とてつもなく愚かだという自覚もない。
ノアの箱舟やバベルの塔の教訓が、現代人には再度必要なのかもしれない。
ブリューゲル作。バベルの塔。
神をも怖れぬ人間の傲慢。
最も多くの叡智が結集さるべき現代において、人間はなにをしているか?
ボタンをひとつ押せば、世界中の生物を破滅に追いやる核兵器を生産し続け、それが戦争回避の抑止力だという馬鹿なへ理屈が、大手を振ってまかり通る。
福島の原発危機を経験したあとも、原子力発電所は政治家の利権によって維持され、全面廃止とはなることはない。
環境破壊がいずれ、地球を死に追いやるという事実にも、政治家は目を向けない。
ひとりの無垢な少女の眼だけが、それを見つめ、大人たちを狼狽させている。
我が国の愚かな政治家どもは、国の立法府で嘘をつき続ける。
地獄では、舌が何万枚あっても足りないだろう。
災害や疫病は、人間の驕りが生み出したものだ。
少なくとも、そう思うことで、人間は世界の森羅万象に対し、もう一度、謙虚になれる。
この宇宙の発生メカニズムは探究し得ても、なぜこの大宇宙が生まれたのか、という問いに答えられる人間は、誰もいないはずだ。
人類は、もう一度、この宇宙と共存するための、新しい哲学を模索すべき時ではないだろうか?